第18話 再びの偵察とゼルとの合流

影の谷から抜け出した彩夏は、全速力でゼルとの待ち合わせ場所へと向かった。


あの程度の兵士ならばどうにかできたが、数が多ければ消耗するだけ。


まだ本気を出す時ではない。


待ち合わせ場所に着くと、ゼルは焚き火のそばで、薬草を煮詰めていた。

彩夏の姿を見ると、彼は何も言わず、無言で治療用の薬を差し出した。


彩夏は、素直にそれを受け取り、腕についた擦り傷に塗ると、傷口に染みる薬の刺激が、彩夏の覚悟を新たにする。


「どうだったかな、影の谷は?」


ゼルが、静かに尋ねた。


「やっぱり、王子が夜光石を採掘させてた。警備も厳重だったけど、数は多いけど、兵士たちの動きはそこまでじゃない」


彩夏は、見たままを報告した。

ゼルは、ふむ、と頷いた。


「兵士の質は、宮廷魔導師時代から変わっておらんな。奴は、数と魔導石の力に頼りすぎる」

「ええ。だからこそ、つけ入る隙はあるはずよ。もう一度、採掘現場を調べる。今度は、兵士の配置や、警備の甘い場所を徹底的に探すわ」


彩夏は、ゼルが広げた影の谷の地図を指さした。

地形、魔力の流れ、そして、兵士の巡回ルートを詳細に書き込んでいく。

ゼルは、彩夏の現代的な分析力と、計画性に感心したようである。


「夜光石の採掘は、日が沈むと一時的に中断される。魔力を持つ石ゆえに、夜間の採掘は不安定で危険だからじゃよ。狙うなら、夜明け前が一番手薄になるかもしれん」


ゼルが、重要な情報を付け加えてくれたのを、彩夏は、聞き逃さなかった。


夜明け前。

最も兵士たちが疲れ、集中力が途切れる時間帯だ。


「ありがとう、ゼルさん。助かるわ」


彩夏は、その夜、休むことなく準備を続けた。

ゼルは、彩夏の集中力を邪魔しないよう、黙って焚き火の番をしてくれた。


彼女は、手持ちの魔導石と、ゼルから教えてもらった技術を使い、簡易的な隠蔽の魔導具をいくつか作製した。

これは、周囲の魔力を乱し、自分の存在を気づかれにくくするものだ。


翌日の夜明け前。

彩夏は再び影の谷にいた。

辺りはまだ闇に包まれ、冷たい空気が肌を刺す。


ゼルから渡された羅針盤は、相変わらず夜光石の魔力に強く反応していた。

今回は、前回とは違うルートで谷の奥へと進んだ。


茂みを深く分け入り、岩陰に身を潜めながら、兵士たちの巡回ルートを観察した。

彼らは数名ずつで巡回しているが、連携は決して密ではない。


特定の時間帯には、見回り役が交代する際に、数分の空白が生まれる場所があることに気づいた。


(そこだ……!)


彩夏は、地図にその場所を書き込んだ。

さらに、洞窟の入り口付近の警備も観察する。

確かに、夜間の作業が中断されているためか、昼間よりも兵士の数は少ない。

魔導石の光も、昼間よりは弱く感じられた。


彩夏は、洞窟の入り口から少し離れた場所にある、小さな岩の裂け目を見つけた。そこならば、警備兵の死角となり、内部の様子を窺うことができるかもしれない。


「よし、あそこなら……!」


彩夏は、岩の裂け目へと音もなく近づいていった。


彼女の耳には、洞窟の奥から聞こえてくる、かすかな水の滴る音と、時折響く、何かが砕けるような音が届いていた。

王子の夜光石採掘の全貌は、もうすぐ目の前だった。


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