第16話 【箱庭遊戯】再転送


「ウソだろっ! マジかよ!」


 耐えきれなくなったのか、エドワード殿下が叫んだ。時間は、深夜。とっくに日付は跨いだ。


 ギシギシ、床板が軋む。揺れる鬼火が青白く漂う。そんあ非日常が目の前で展開されている、夜の学院は、あまりに不気味すぎた。


「押すなって、エルリック!」

「無茶言うなよ、エドワード!」

「きゃぁぁぁぁぁぁっ!」

「いやぁぁぁぁっ」


「あぁぁぁぁぁぁっ!」

「うわぁぁぁぁぁっ!」


 連鎖反応で、私、セレス、それからハゲ殿下と肉皇子が叫ぶ。このなかで、サラ様だけが平然とロイス様にエスコートされていた。それ……ちょっとズルい気がします。


「……お前ら、やかましすぎる。本来の目的を忘れるなよ? 学院で気脈が一番、濃い場所に来ているんだから。感覚をちゃんと研ぎ澄ませ。何をするにしても【接続】できなかったら意味がない。それから、お嬢。お前は怖くないだろ?」

「むー」


 私は今出せる最大限の陰陽道あざとさで対抗するが、教官にはなしのつぶて。いけず、と思わず股旅先生の真似をしてみるでありんす。


「ティアリエッタ、まさかとは思いやすが、あちきの真似をして愛でてもらおうなど、思ってはるの、ちゃいます?」


 引率、同伴は股旅先生。寮を抜け出して、深夜の学校での実習は、主席組だからこそ許されることだった。ただ、股旅先生が一番張り切っているの気がする。


「そんなことはないのでありんす!」

「真似るなら徹底的に真似るでありんす。模倣は何より呪術の基本でっせ。ティアリエッタには、まだまだ猫味ねこみが足りないのでありんす。語尾は半音、上げるんでっせ」

「イエス、マム!」


 意外にも真似はオッケーのようだった。合点承知、これで教官の心を鷲掴み――って教官? そんなあからさまにイヤそうな顔をしなくても良くない? 女の私から見ても、股旅先生は可愛いと思うのだ。天真爛漫で時に唯我独尊、天衣無縫なこの乙女、そして猫! 最強だと思う。


 ちなみに天真爛漫は私のような子だと教官は教えてくれたけれど、唯我独尊と天衣無縫の意味は知らない。呪文書写、稽古最中の段階なのだ。


 それはそうと――教官の言う通り、霊脈に落ちた時に比べたら、全然怖くない。むしろ、教官の腕に抱きつけるグッドチャンス。これを逃したら、侯爵令嬢の名が廃るというものだ。


「おい、如何に連邦の英雄と言えど、看過できない! ティアリエッタ嬢から離れろ!」

「そいつは俺の女だ、用務員!」


「ハゲと肉、黙りなさい」


「ちょっと、ティアリエッタ嬢! これはハゲじゃない! 今は剃っているから!」

「未だに、この字が消えないの、なんとかしろよ、クソアマっ!」


「うるせぇっ、〝静まれ〟」


 教官は、氣で二人を押し潰す。

 それだけ。

 たったそれだけで、二人を床に沈める。まるでカエルのように、二人は這いつくばってしまった。


「お嬢は姉弟子だ。下っ端が吠えるな。破門にするぞ」

「「……」」

「返事は?」

「「い、イエス、教官マスター――」」


 二人の声音が恥辱に歪む。ほら、言わんこっちゃない。サラ様はともかく、エルリック殿下とエドワード殿下まで、教官を選任講師として指名した時は、流石に驚いた。そして、二人をどうやら軽視していたようだ。まさか、あの二人がそこまで用務員道を極めようと真剣に考えていたとは――。


「「「「「「「絶対に違うから(でありんす)」」」」」」」


 なぜか私に向けて、みんなが意気投合。仲良しじゃん。でも、教官は渡さないからね! その気持ちをこめて、私は教官の再度、腕に抱きつく。


「……そんなにくっつかなくても、お嬢は【接続コネクト】できるだろ」


 教官のいけず。確かに【接続】初心者は、第三者の接触と霊脈が近しい霊場で接続コネクトすることが初心者脱出の第一歩。だけど、それはおいておいて。もう少し、私に配慮してくれても良いと思うの。


「教官、もしかして当たってるからドキドキしちゃってる? えへへ、成長したでしょう?」


 ここは手段を迷っている場合じゃない。侯爵令嬢として破廉恥だとセレスに呆れられそうだが、時に御南アは度胸だ。


「何が?」

「……」


 重苦しい沈黙がこの場を支配した。とりあえず、この朴念仁を殴っても良いだろうか――。


 と、空気が震える。

 ぶんっ、と揺れた。


 震える。

 肌がひりつく。

 痛いほどに、揺れる。何度も、震える。


「……教官さん、転移術ですか?」


 サラ様は冷静に訊くが、教官は人差し指で、自分の唇に触れる。落ち着け、氣を抑えろ。そう無言で言う。気脈越しのメッセージ。セレスとロイス様もコクンと頷いた。




 声が響く。

 5年前に見た光景を思い出す。


 浅葱色の羽織を着た魔術師達が、舞い降りたあの日と同じように、肌がヒリヒリする。あの声を聞こえる。耳が痛い。

 


 ――再転送します。

 ――座標軸設定。エラーは算出されませんでした。


 ――転送対象の個人情報に相違ありません。

 ――転送します。


 ――転送が成功しました。


 ――セキュリティーホールを確認。

 ――規定事項として無視スルー


 ――了解。


 ――【命令コード】第二段階に移行します。

 ――【呪詛ヘックス】を展開します。この作業はキャンセルできません。実行しますか?

 ――【実行エンター




 床に光が走る。

 星が描かれたのを見て、私は愕然とする。これは明らかに魔法陣。陰陽道、五行の陣だ。


(来るっ)


 身構えてしまう。――箱庭遊戯の実況者プレイヤーズが。


、氣を保て」


 教官の声に、私もサラ様も氣を纏うが、エルリック殿下とエドワード殿下はそうはいかない。


 教官が、護符を起動させようとするが、すでに相手の陣が起動している。この状況は分が悪すぎた。


「来て、須勢理姫スセリビメ


 呼ぶ。この状況なら、契約は違わないはず。

 五行の陣から、浅葱色の隊服に身を包んだ陰陽師二人――それから藍色の作業着に身を包んだ、眼鏡の女性が顔を覗かせた。


(……少ない?)


 多分、慢心したんだと思う。

 教官がいる。


 主席で合格したことに、浮かれていたんだと思う。なんとかなる、と。

 それなのに、膝が震えだした。


 陰陽師の一人が、教官にギラつかせた眼差しを向けるのが見える。あの時の記憶かま、フラッシュバッグする。


「見つけたぞ、背信者アポステイト!」


 私は、反射的に須勢理姫スセリビメを抜く。教官を守るのは私だ。そう奮い立たせて。


 その銀色しろがねいろの刀身が五行の陣に照らされて――。






「連れてきなさい、須勢理姫スセリビメ


 凜と響く声に、躰がもっていかれる――。


 エルリック殿下の絶叫が響くけれど、私はもうそれどころじゃなかった。

 妖刀との契約は不可侵、と。教官はそう教えてくれた。


 例外があるとすれば、それは製作者で――。





「ティアっ!」


 教官が名前を呼んでくれた。

 こんな時だというのに、それが嬉しい。


 でも、それ以外は何も考えられない。


 光が、視界の端で弾けて。泡だって、突き刺すように目映まばゆくて。

 思わず目を閉じた瞬間、私はそのか細い指で引き寄せられるかのような錯覚を憶え――。





 それから。





 私の意識は、暗闇へと沈んでいった。


 

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