第24章「三人の距離、ひとつの夕陽」
6月30日(金)夕方、潮守港。
風がまだ湿気を含みながら吹いていた。梅雨の終わりかけ、空はまだ完全には晴れきらず、雲の隙間から差す陽が、ゆっくりと水面に溶けていく。
「……なんでこんな時間を集合にしたの?」
有紀は、手に持ったスマートフォンの画面を見ながら、小さくため息をついた。
「だって、夕陽と花火のダブル撮りってSNS映えじゃん?」
と、陽気に応じたのは史也だった。
赤いキャップを後ろ向きに被り、手には三脚。まるでプロのような構えだが、動きは軽い。
「まさか、わざわざこのために部活切ってきたわけじゃ……?」
「……ちゃんと代わりは立てたよ。撮影は今日だけだし、さ」
有紀は言葉を飲み込んだ。
“今日だけ”──その響きが少しだけ胸に刺さった。
目をそらした先には、灯台のシルエットがうっすらと浮かんでいる。
そして、そこに──
「……遅くなった」
雄大が、潮風に逆らいながら現れた。
制服のシャツの袖を肘までまくり、鞄にはタオルとペットボトル。部活の帰りらしい。
「お、来たな。いいタイミングだぜ。夕陽、始まってる」
史也がカメラを設置しながら振り返る。
有紀は言葉を探したが、口を開けたまま、何も出てこなかった。
雄大も、そんな彼女の姿に戸惑いながら、ゆっくりと隣に立った。
三人の間に、風が吹き抜ける。
その風の音を遮るように、史也が軽く声を上げた。
「なあ、有紀。俺さ、けっこう前から言いたかったことがあるんだ」
その言葉に、有紀の指先がピクリと動いた。
雄大もまた、何かを感じたように、目を細める。
「でもさ、それ言うには……今はまだ、タイミングじゃない気がしてさ。
だから今日はさ、ただ……一緒に夕陽を見て、写真撮って、それでいいんだ」
史也の声は、いつものように軽いが、その奥に確かな温度があった。
「……うん」
ようやく出た有紀の声は、とても小さかったが、確かに届いた。
それを合図にしたように、三人は無言のまま、並んで海に向かって立つ。
長く、細く、三つの影が水面に伸びる。
誰のものがどこで交わるのか、はっきりとはわからない。
カシャッ──
シャッター音がひとつ、静寂を切った。
そして、沈みゆく陽が、三人をやわらかく染めていく。
それぞれが胸に、言葉にできない“何か”を抱いたまま──。
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