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アルバイトをクビになった。最近の君はあまりにもミスや遅刻が多すぎる。もう庇いきれない。渋い顔で首を横に振る店長に、僕は深く頭を下げた。
重い足取りで帰路につく。誰の顔も見たくないので、背を丸めて歩いた。もう随分と洗っていない靴を見ながら、足を前に動かすことだけに集中する。
生活費を稼ぐ手段を失ったというのに、僕はどこかほっとしていた。働くためには外に出なければならない。でも、外に出たら、どこかで美琴と会ってしまう。家に引きこもっていれば、彼女の幻覚に悩まされない。
足取りが少し軽くなった。そうだ。僕は美琴が潜む、恐ろしい外の世界から解放されたんだ。もうあの冷たい視線に晒されなくてもいいんだ。早く安全な家に帰らないと。
僕は交差点を足早に通り過ぎようとし、胸に軽い衝撃を受けた。どうやら前を見ていないために、誰かとぶつかってしまったらしい。
すみません。言おうとした言葉は唾と共に飲み込まれた。相手は水色のヒールを履いている。いつか僕があげた、水色のヒールを。
絶望が僕の顔を上に向かせる。そこには、青いワンピース姿の美琴が立っていた。彼女は無言で僕の前に立ちはだかっている。否、正確に言えば、心の声は聞こえてきていた。憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い……。
僕は絶叫した。周囲の人が何事かとこちらを見る。その顔も全部美琴だった。数百、数千の美琴の視線が僕に注がれる。彼女の唇が一斉に動いた。
どうやって自分の部屋に戻って来たのか、最早覚えていない。ただ、叫びすぎて枯れた喉と、体中にできた怪我が、僕の錯乱ぶりを物語っていた。靴も片方落としてしまっているが、最早どうでもいい。
僕はどこにも逃げ場がないのを悟り、すすり泣いた。
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