わたしの方から言い出す勇気はなくて。

放課後、あたしとユズカは、いつも通りに見える並び方で歩いてた。

でも、なんだかその「いつも通り」に、自分だけ取り残されてるみたいな気がしてた。

ほんの少し、わたしの足取りが遅いのか、ユズカが前に出がちになって、そのたびに彼女は気づいて振り返る。


「でさ〜、結局、あの先生また忘れてたじゃん?昨日の課題のこと。マジで記憶のバックアップとってこいって思わん?」


「……うん。そうだね」


わたしの返事は、きっとスカスカだったと思う。

内容よりも、返事を返すことだけに意識を向けてた。

視線もほとんど地面に落ちてて、アスファルトのちょっとしたヒビとか、誰かのチューインガムの痕とか、そういうのばっかり見てた。


「てかさ、今日のマツリの顔、ヤバかったよ?バテバテ通り越してゾンビ通りかけてた」


「……えっ、そうだった?」


「うん、白目むいてた」


「むいてないよ……」


わたしを笑わせようと言ってくれたのに、わたしの返事はなんだか鈍かった。

笑わなきゃ、って思って、口元だけ少し動かしたけど、ユズカはそれに気づいたかどうか。


「も〜、せっかく一緒に歩いてるんだから、もうちょっとこう、会話でキャッチボールしようよ〜?」


ふざけた口調で言いながら、ユズカはわざと大げさに肩を揺らしてみせた。

わたしの方をちらっと見て、そのまま、歩幅をわたしに合わせてくる。

でも、それがどこか、いつもの自然なノリじゃなくて、ちょっとだけ“頑張ってる”のが伝わってくる。


「……ごめんね。今日、ちょっとボーッとしてるかも」


「いいよ〜、いいよ〜、疲れてるときは寝るに限る!帰ったらごはん食べて風呂入って速攻寝ろ!」


明るくて、やさしくて、でも少し不自然なテンション。

ユズカは、きっと、気づいてるんだ。

わたしが昨日のことを、何も言わないでいることに。

あんなに近づいて、あんなに密接に、唇と唇で繋がって、心の内側まで溶け合ったのに。

今日は、まるで何もなかったみたいに。


でも、それをわたしの方から言い出す勇気はなくて。

“昨日の話”をすれば、きっと何かが決定的に変わる気がして、

わたしはまだ、その瞬間を迎える準備ができていなかった。


「……あのさ」


わたしがぽつりと声を出しかけた瞬間、ちょうど信号が赤に変わって、二人とも足を止めた。

ユズカが振り向く。ほんの一瞬、まっすぐ目が合った。


でも、なにも言えなかった。

わたしはただ、口を閉じて、代わりに「……なんでもない」と小さくつぶやいた。


ユズカは、少しだけ視線を泳がせてから、

「ふ〜ん?」と軽く言って、空を見上げた。


「なんかさ、空すごく高くない?エモい〜。ね、マツリも写真撮っとく?」


わたしはスマホをポケットから出すふりだけして、すぐしまった。


そしてまた、青になった信号に導かれるように、二人並んで歩き出す。

話題はなんとなく続いていくけど、昨日のことだけは、どこまでも沈黙の中に置いたまま。

わたしたちの距離は近いのに、ふたりの隙間にぽっかりと空いた何かの間を、帰り道の風がひゅうっと通り抜けていった。

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