ニューラル・スティミュレーション(Neural Stimulation)

ユズカに言われて、なんとなくインストールしたあのアプリ。

「NS」って名前。ニューラル・スティミュレーション(Neural Stimulation)の略だって。ニューロンを刺激する、って意味。言われてもピンとこなかったけど。


要するに、わたしが何か感じたとき──気持ちよかったり、興奮したり、ドキドキしたり──その信号が、そのまま“向こう”に送られる。

“向こう”っていうのは、身体を捨てた人たち。ポスト・ヒューマン。通称ポスおじ。


身体が邪魔になった人たち。老いとか、病気とか、醜さとか、そういうのから逃げて、意識だけクラウドに引っ越した。

最初はよさそうに聞こえるけど、結局“感じる”ことができなくなったらしい。


仮想空間で美味しいものを食べても、味がない。セックスしても、気持ちよくない。

肉体を介して感じる“実感がない”。

だから、わたしたち──身体がまだある側の人間の脳に“つながる”。


ユズカが言ってた。「マツリって、たぶん感度ヤバいから、マジでポスおじにとっては宝物だよ?」って。

ポスおじ。気持ち悪い響き。でも事実、NSで繋がる相手のほとんどは男で、金持ちで、孤独で、そして……渇いてる。


わたしがアイスを口に入れて冷たいって思えば、それが向こうに飛ぶ。

わたしがオナニーしてイきそうになれば、その震えごと“あっち”に伝わる。

その代わり、彼らの“快感”も一緒にこっちへ流れてくる。


同時に気持ちよくなる。お互いの脳が、ねじれた線でつながるみたいに。


しかも、繋がってる相手が多いほど報酬も上がるんだって。

でも、たくさんと繋がりすぎると、脳がパンクする。快感が跳ね返って増幅して、増幅して、増幅して──

それが「MSO」。Multi-Sync Overload。ユズカが言ってた。「マツリみたいな子がなると、マジで飛ぶから気をつけて」って。


飛ぶ? って聞いたら、「脳焼損(Flyout)。焼けるってコト、脳が、ね。」って。


「脳みそ天ぷらみたいに揚がっちゃうんだよ」


それでも、感じてる最中は、もう止まらなくなるんだって。


……ユズカ、なんであんな軽く笑えるんだろう。

わたしは、まだ、ちょっとだけ、怖い。でも。


怖いのと、気持ちよさそうなのって、なんか似てる。

そのことに、わたしは気づいてしまった。


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