人間椅子

「人間椅子」を読んで以来、ぼくには人生の大きな夢ができました。

 ずばり、家具になりたい、という欲望です。

 厳密にはあの人間椅子とは異なります。あれは、革張りのソファの中に人が入っていたら、というお話でしたけど、ぼくの場合、家具に入るのではなく

 椅子に隠れるとか、クローゼットに忍び込むとか、そういうことはぼくの美学に反します。

 なぜ、こんな突飛な発想に惹かれてしまったのか、それによって何がしたいのか、というのは、おおむね人間椅子の場合と一致しているかもしれませんけど。乱歩先生、あなたは全く罪な人だ。ぼくという人一人の人生を、こうもいびつに捻じ曲げてしまったのだから。


 ある夜は、ぼくはダイニングチェアになった妄想をします。両手両足を四つの脚と仮定し、背もたれは上半身、坐面は骨盤です。実際そんなポーズを取ったところで椅子のようにはなりませんが、妄想の世界でなら可能です。

 そこへ、世にも見目麗しい美女がすわるシーンを想像します。スカートの布地の感触、臀部の温度、彼女の体重を感じながら。家具には性器などありませんから、「坐ってズボリ」とはなりません。そんな下卑た妄想と、ぼくの崇高なイメージはまるで別物だ。

 椅子のそれぞれの脚は自身の体と美女を支えるためだけに存在しているので、動かすこともできない。そもそも、木製だったり金属製だったり、いずれにせよ固い材質なのだから、自由気ままに曲げたりすることは不可能です。

 そのような中にあって、ぼくは手も使えずに、それでも美女のお尻の感覚だけで果ててしまう。突如として濡れた坐面に驚きながら、美女は慌てて立ち上がり、怪訝に様子を観察したのち汚い雑巾でぼくの下腹部をごしごしと乱暴に拭きにかかる…。

 またある夜は、ぼくはテーブルです。通常の四つん這いではなく、腹面が表を向くほうの、ちょうどブリッジのポーズを取っているような形です。普段は食器などがカチャカチャと置かれてくすぐったいのですが、布巾ふきん越しの美女の手で優しく空拭きされると思わず身悶えてしまってミシミシと音を立てる。あら、そろそろ捨て時かしら、相当古くなってきたものねぇなんて呟く声を聞きながら、ぼくは別れを恐れてわななき、また音を立ててしまう。

 さらにある夜は、ぼくは鏡台で、美女が化粧の間中、ずっと見つめあっていられる幸福を噛み締める。あるいはベッドで、一晩中、相手の全体重を支えながら、肌を合わせる感触を楽しみつつ抱擁してあげる。朝になったら、なぜかシーツは濡れている、とか。


 ぼくは最早、こういった妄想でしか昂れなくなってしまいました。生身の人間として相手と触れ合うということに、一切興奮しなくなってしまったのです。家具になりたい。完全に自由を奪われて静止していることしかできない無機物になりたい。自我があるなんてつゆ知らず無遠慮に触られる非生物になりたい。相手の生活を一挙手一投足に至るまで見届ける守護者になりたい。ぼくは実行を決めました。椅子やテーブルの下に入るのではなく家具そのものになる。そのためにペンキとニスも買いました。自分の体に塗るためです。合鍵も手に入れました。昔から思いを寄せていた女友達の家の物です事前調査をして家具の配置と成り替わる家具を決めましたベッド脇のランプテーブルにしましたよぼくはこれからいよいよ行ってきますもとあったやつをすててぼくがそこにおさまるのですこれでかのじょのくらしとせいちょうをみまもることができるずっといっしょですでもむこうはぼくにきづかないきづくはずもありませんだってかぐですからかのじょのせいかつのいちぶですからそこにあるのがしぜんということになるじゃないですかもとあったじょうたいとなにもかわらないのだからようやくゆめがかなえられますおさないころからのやりたいのことがぼくはもうにんげんではありませんきでできているそういうことになったというでしておもぼくのゆめゆめゆめのかぐずつとするしたかつたかなうかなうよものになりからだないどうしようきちてまののうれし

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