マゾヒズム

 岸本きしもとと申します。

 普段は会社経営をしておりまして、家族は妻と娘二人、孫が一人おります。

 まさに孫がいてもおかしくない年齢と言いますか、中年から初老に差し掛かったところといった風情ですね。

 私には、かれこれ三十年近く従い申し上げている女王様がおります。もちろん、家族にも誰にも明かしていません。

 幼少期から下僕としての自覚はありまして、近所の年長のお姉さんたちにいじめまがいのことをされた際にも、私には言い知れぬ恍惚感こうこつかんと興奮がありました。ストレス解消に叩かれる、かばん持ちをさせられる、公園で服を脱がされて隠される、そんな仕打ちにも、恥ずかしがりながらも私は内心喜んで従っていました。向こうとしては単純にはずかしめを受けさせて私を笑いものにしたかったのでしょうが、愚かにも私は小さな百合の芽のような突起を幼いながらにも奮い立たせてしまっている有様でした。ええ。人間以下のどうしようもない虫けらです。申し訳ございません。

 そんな私をてることなく、ありがたくも長年奴隷として据え置いてくださっているのが、アキラ女王様です。

 出会いは会員制のSMサロンでしたが、一目見て以来、私はアキラ様の美貌と嗜虐心の虜になってしまいました。美貌だなんて、ごみ以下の雄豚の私ごときが語るのはおこがましゅうございました。

 私は、アキラ様に心身ともに死ぬまで捧げる覚悟でおります。彼女のためなら、どんな恥辱にも耐え、如何ほどの痛みも堪えることができます。

 ケイン(そういったプレイに使われる竹製の棒です)の打ち心地を試したいから背中を貸せと言われた際には、背中一面に鎖帷子くさりかたびらのような真っ赤な筋が付き、ところどころ皮膚が耐えきれずに出血もしている有様でしたが、満足したアキラ様の顔を見た瞬間、地獄のような痛みなど瞬時に吹き飛ぶような達成感を味わうことができました。

 女王様の役に立てたという充足、これこそが私の人生の最も重要な糧であり存在理由なのです。

 人にはさまざまな面があると言われます。例えば私めの場合、頼れる社長、穏やかな夫、理解ある父親、優しいおじいちゃん…等々、その時に応じてそうありたいと努力する方面は異なりますが、本当のところ、四六時中人間以下のごみ豚でいたいのです。すなわち、四六時中アキラ様にお仕えしたいということです。しかしそれは現実的に難しい上、アキラ様に金銭的に尽くすことができなくなってしまいますから、こうして仕事や家庭の私は仮面を付け替えているというわけです。

 彼女の言うことは絶対で、私に拒否権などありません。

 足舐め、鞭の百本受け、猥語を発しながらの自慰行為の披露など、命令されたことは実行しなくてはなりません。

 実際、服で隠せますから首から下はどのような傷が残っても構いません。どのような行為も、アキラ様にご満足いただくためなのです。

 アキラ様はとても優しくていらっしゃいます。

 首から上は、最初の契約時の御約束通り手を付けずにいてくださいますし(唾を吐きかけられることなどはありますが)、全裸で街中を徘徊するといった、今後の社会生活が危うい命令も控えてくださいます。「お前がどうなろうと構わないけど、お前ごときにも家族がいるんだろう?家族に迷惑がかかるようなプレイには興味がない」と言って。これほどまでに慈愛に満ちた方がいらっしゃるでしょうか。

 しかし、例えそのような命令を下されたとしても、私は従ってしまうような気がします。

 やはり、一生をもってお仕えするのはこの方を置いて他にはありません。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る