追憶フィルム ―― 『〈東の魔女〉と眼鏡の少女』及び『魔女と私』外伝
焼魚圭
奈々美の引き出し
距離
太陽の光が降り注ぐ青い空はどこまでも広がりまるで海のよう。
そんな自由の海を綿のような雲はどこまでも泳いでいく。
そんな天空の海の下、家は建ち並び、川は流れ、古びた木造の橋は人々をこちらの岸からあちらの岸へと渡すべくただただその場に架かり続けている。
あるべくしてあり続けるだけの日常の中、苛立ち、笑い、喜び、悲しみ、迷い、虹のように様々な色を持った感情たちを詰め込んで運ぶ電車もまたいつも通り。
その電車の中でメガネをかけた若い女性はその車両で一人揺られていた。
社会人は会社へ、学生は学校へ、みなが皆日常を周り回し続けて生き続けている日中のためか電車はさほど混雑していなかった。
人々がまばらに座席に座って揺られる中、誰もいない車両を選んで座席に腰掛けた女も同じく揺られていた。
いつもなら揺りかごのように心地良いはずの揺れも今は悲しみを心の海の底からみなもへ浮かべてより一層悲しみを際立たせる感情の揺れのよう。
好きな人が結婚した。
ただそれだけの事。
あの人は大学へと上がるその時に上京して、かつての少女は手紙のやり取りを行う事で縁の糸を繋ぎ続けていた。
一ヶ月に一度、少女は決まって手紙を出していた。
他愛のない平凡な日々の事、友だちが出来た事やアルバイトであったおかしな話、そして「いつか会いに行くから」と最後の一文に約束を綴った手紙。
それを出してから一週間で返事が来るのであった。
それに綴られたふみもまた平凡な日常の一頁、それらの後に添えられた最後の一文「いつか会いに来て」という愛しき文字。
そんなやり取りを一ヶ月、三ヶ月、半年、一年と繰り返し続けて行く。
しかし、ある日を境に返事が一切来なくなった。
何通もの葉書を送っても言葉を綴っても、心は送り切れていないのか想いは届いていないのか。
少女は大人になり時は重なり彼の最後の言葉を幾度も手に取り読み返すも、愛しき文字は次第に色褪せ埃被っていく。
時間の中に埋もれた葉書の続き、それは今日の朝、鮮やかな日差しのもとに届いた。
久々の手紙に心躍らせ目にした文字は「恋人との結婚が決まりました」と示していた。
いつの日に想いの糸は切れていたのだろう。
それともまだ繋がっているのだろうか。
例え繋がっていたとしてもそんな物はもう要らない知らない。
続きを読む気にもなれずにそのまま電車に乗り込み揺られていた。
彼のいる方向とは反対側へ、電車は二人の心の距離を表すかのように遠ざかっていく。
――出来るだけ遠くへ、もうキミとは会わないから……
様々な感情の乗った電車。
それは悲しみを乗せて女を遠くへと運んで行った。
電車の行き着いた果ては彼が住んでいるであろう都会とは正反対の田舎。
青い草原を揺らす爽やかで軽やかな風は余りにも寂しくて虚しい。
そんな草原を歩いて山へと進んでいく。
駅も家も橋も街灯も、人の手で造られたありとあらゆる物から遠ざかっていく。
周りには見渡す限りの木々がいて、緑、黄、赤、様々な色を纏っていた。
立っている地を見ればそこは落ち葉の化粧で彩られていた。
そして見上げた大海は茜色に染まった寂しい大空。
想いは薄れるばかりか余計に濃く強く心を染めていく。
「キミが好きだった、今も好き」
声に出したその時には既に手遅れだった。
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