早脚の村人はお猫様に逢いたい〜だけどくしゃみが止まらない〜

青咲花星

第1話 ひとめぼれ

「お猫様」


トパズという王子に見せてもらった沢山の王族の肖像画の中にある小さな肖像画。

描かれているのは耳はふにふに、青い髪は艶やか、青い目はくりくりしている愛らしいお猫様。


僕はその子に目も心も奪われ立ち尽くし、父に強制的に連れ帰られるまでその場を離れずにいた。


その日から僕はお猫様に逢う為に走り出した。


***


〜サイハテ村〜


「イダーテ!!どこに行ったぁー!?」

「あらぁ〜また脱走したの〜?」


父さんが怒鳴る声がする。

本日で100回目の脱走。


今日こそは村の外に出るのだ。


イダーテは父の声が遠くなるまですたこらと走る。

走ると近くの窓からぼんやりとした顔の少年が見えた。


「あ、シータだー」


イダーテが笑顔で手を振るとシータも手を振りかえしてくれる。

シータは威圧という強い能力を持っている所為で遊んだ事はないが挨拶だけはいつもしていた。

同じ子供だけどそこそこ歳が離れているので学院は同じ時期には通えないらしい。


「おっとー」


村の外近く、結界付近まで行くと僕は立ち止まった。

お猫様がいる。


ぽかぽかとひだまりの中、とても気持ちよさそうに眠っている。


「へへへかわいい、かわいいねぇー」


ふへへととろけそうな顔でお猫様を愛でるイダーテ。

近くには行かず、少し距離のある場所で眺めていた。


「はっかわいさのあまり本来の目的を見失っていたー!!」


そう、今日こそは王都に行くのだ。

王都に行って、王城に行くのだ。


イダーテは立ち上がって名残惜しそうにお猫様を見ながら走り出そうとしたが、透明なガラスにぶつかった。


「ぶっ」


気がつけばイダーテは結界の壁で囲われていた。

後ろを見ると、ピンク色の髪色の女の人と薄い水色の髪色の女の人が立っている。


「ふふふ、つ〜かま〜えた〜」

「エミアは悪ガキ捕まえるのうまいな〜」


「うげー……」


村長の奥さんのエミアさんとシータの母さんのエルダさんだ。

エミアさんは最近仕事休暇で帰って来たらしい。


この間までは森の外まで行けたのに、最近は村長さんかエミアさんに捕まってしまうのだ。


「ダルータさんとレテさんが心配しているわよ〜?」

「毎回なんでそんなに村の外に出たがるんだ?魔界の森、通った事あるんだろ?子供一人で行くには危険すぎるってわかってるだろ?」


「そうだけどー!!すんごい早く走ったら魔物に見つからないかなってー」


サイハテの外は魔界の森が広がっている。

黒紫の霧で視界が悪く、沢山の魔獣や魔物で溢れていた。

王城に行くには魔獣や魔物と戦うか一気に無視して魔界を抜けてから更に何日も馬車で行く事になる。


「馬車で行く時は魔除けと認識阻害がかかってるから大丈夫だけど、イダーテくんの速さじゃ一瞬でぱっくんって食べられちゃうわよ」


イダーテはむーっとむくれた。


「それにイダーテ、お前猫アレルギーだろ」

「そうだけどー」


「魔界には魔獣猫ってのがいる。もし魔王軍が放って来た時、気づかないくらいには速く走れるようにならないとくしゃみが止まらなくなって危険だぞ?」


「まじゅうねこ……」


大きい猫に身震いするどころか見てみたいと思ってしまったイダーテだが、猫アレルギーが発症した時の辛さはよく覚えている。


「……わかったー」


本人にはそのつもりはないのだろうが、小動物のように愛らしくしょんぼりするイダーテの姿に思わず罪悪感を覚えて顔を見合わせる二人。


「でもいつになったら外に出ていいのー?」


「そうねぇ、狩りができる歳になってからかしら」

「そんなに待てないよー」


ぶんぶんと首を振るイダーテ。


この間まで大人しく猫のぬいぐるみを抱き、他は何も興味をもたなかった少年が何故そこまで村の外に出たがるのか。

イダーテの父、ダルータが王城に連れて行きトパズ王子と遊ばせた時も何もかも興味がなさそうな様子ではしゃぐ姿もなかったというのに。

それなのに毎日村の外に出たいと言い大人顔負けの速さで走る少年に村の大人たちは手を焼いていた。


このままではまたこっそり村を出ようとするかもしれない。

少し考えた後エルダがそうだと手を叩く。


「よしっ狩りができる歳になるか、毎日ダルータの手伝いをしてその脚で村全域ほぼ同時に配達できるようになったら許可しよう。それでどうだ?」

「あら、いいわね。名案だわ」


「同時に?僕の能力は早脚だよ!?分身とか転移とか瞬間移動とかじゃないんだよ!?」


「あら、やれば出来るはずよ?あなたのお母さん、早業でしょう?レテさんは同時に何十個も作品をつくる事ができるのよ?イダーテくんの持ってる猫ちゃんのぬいぐるみを一度で何十匹も作れちゃう。百匹なんてあっという間よ。それなのにイダーテくんができないなんて事ないと思うわ」


家にいるみゃーちゃんが何十匹、何百匹。

想像しただけでにっこり笑顔になってしまう。


「みゃーちゃんがひゃっぴき……」


「それにそれくらい出来るようになったほうが、猫のお姫様を探すのもはやくなるんじゃないかしら?」

「猫のお姫様?」


村の外に出たい理由がお猫様、猫のお姫様だなんて誰にも話していない。

それなのにエミアさんは知っているかのように言った。

前々から思ってたけど、エミアさんはちょっとこわくて苦手だ。


「わかった、がんばってお手伝いする。あ!エミアさんお猫様のコトもう誰にも言わないでね!エルダさんもだよ!!」


「何のことか知らんが、わかったわかった。村の外に出ないってんだったらちゃんと約束は守るよ」


僕がみゃーちゃんを見てる時遠巻きににこにこされるの恥ずかしいのに、お猫様に一目惚れしたから王都に行きたいーなんてバレたらもっと恥ずかしいよ。

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