終章:開かれた園と、望む空

05-01


  *


 一夜明けて、学園は大騒ぎとなった。


 八色雷公(ヤイロ・ライコウ)理事長の不審死と地下空間の崩落に、職員達は大いに動揺した。警察の捜査が入り、学園上層部は緊急の会議を開く事となった。


「──ま、でもよ。真相はぜーんぶ藪の中どころか瓦礫の中なんだよなァ」


「笑えませんよ、その冗談」


 ──あれから数日後。いつものベンチで紫煙を吐く眞柴空覇(マシバ・カラハ)に、八色雷火(ヤイロ・ライカ)が顔をしかめる。


 結局、警察の捜査は早々に打ち切られる事となった。理事長の死に関しては不可解な点が多く、証言についても常識の範疇を遥かに超えた物ばかりであったのだ。処遇にあぐねていた所に空覇から連絡を受けた『組織』が介入し、これ幸いと警察は捜査の放棄を決定した。表向きは事故死として処理されるだろう。


「でも不思議だよね、あんな広い部屋が丸まる埋まる崩落があったのに、地上は一切影響受けてないなんて。陥没とかあってもおかしくないのに」


「あの地下神殿は村が滅びる前からあった、呪法で作られた空間だったの。次元自体が歪められてた場所。だから術が無くなった途端に全部元通りに埋まっちゃった」


 しゃがみ込んで絹田さんを愛でながら疑問を零す羽々木志恵(ハバキ・シエ)に、同じく絹田さんの尻尾を存分にもふもふしながら乙紅莉栖(キノト・クリス)が答える。


 そうなのだ。明るくなってから再度空覇達が調査したところ、あの扉の向こう、地下の広間は瓦礫と土砂でみっちりと埋まってしまっていたのだ。それはまるで最初から部屋など無かったかのような有様で、空覇達は三箇所あった扉を封印し、溶接して完全に閉じてしまう事に決めたのだった。


 地上部分には陥没などの影響は一切無く、また広間よりも北西側の地下に設置されている浄化設備などには問題は見られなかった。詰まるところ、地下神殿の痕跡は閉ざされた扉と、それに続く地下通路のみにしか残っていないのだ。


「結局、学園はこのまま残るみてェだし、呪法だ何だも綺麗さっぱり無くなるしで、結果オーライじゃねェの」


「となると、眞柴先生も『ゴッドハンド眞柴』の称号は返上ですね」


「えっ八色先輩、何ですそれ! 眞柴先生にそんな仇名着いてたんです!?」


「志恵先輩、空覇……じゃなかった、眞柴先生って呪法で虐め受けてた生徒の呪符、見付けたら片っ端から剥がして回ってて。そしたら突然体調良くなるもんだから、男子がそんな名前付けてたんだよ」


 協議を重ねた結果、八色学園の新しい理事長には、副理事を務めていた理事長の親族が就く事となった。親族とは言っても雷公の息子雷雲の妻の兄弟にあたる者で、雷火の伯父ではあるものの、八色の血は入ってはいない。ワンマンであった雷公と現場との調整役を担っていた人物で、現場の人間の圧倒的な支持を受けての就任だったようだ。


 また新理事長はかねてより学園に蔓延する虐め、特に『のろいごっっこ』を憂慮していたらしく、呪法などに関する事柄は全面的に禁止と相成った。必然的に『呪術研究会』などの呪法を扱う同好会は解散が決定した。最初は生徒達も戸惑いを見せていたが、徐々に呪法の無い生活も当たり前となってゆくだろう。むしろ、そちらの方が正常なのだから。


「でも眞柴先生って、術とか関係無くマッサージ上手いって聞きましたよ。寮母さんがその腕に感激して言いふらしてましたから。なら称号は保持したままですかね」


「ンなくそだせェ称号要らねェよ! それに伏見さんは腰痛めたってェから特別にやっただけであって、別に誰彼構わずマッサージなんて引き受けねェぞ、あれってやる側は結構疲れるんだからな」


「えぇ、残念です。マッサージならわたしも受けてみたかったのに。わたし眼が悪い所為か、眼精疲労ですぐ首とか肩とか凝っちゃうんですよ」


「志恵センパイは目の所為だけじゃないと思う。おっぱいおっきいと肩凝るって聞いた」


「ちょ、クリスちゃん!? や、やだ、おっきい声でそんな事言わないで!?」


 さらっと吐かれたクリスの言葉に、頬を真っ赤に染めて志恵が叫んだ。雷火は耳を赤くしてそっぽを向き、空覇は紫煙を吐きながらからからと笑う。


「何だ羽々木、それならそうと早く言えっての。特別にマッサージでも何でもしてやるぞ?」


「眞柴センセ、それセクハラ!マッサージ以外にも何かするつもりでしょ。志恵センパイ騙されちゃ駄目だよ、眞柴センセは昔、女に包丁持って追い掛けられた事あるんだから」


「おいクリス!? お前それ何処で聞いた!? あっ違、お前らそんな目で俺を見るな! いやちゃんとあれは理由があってだな!?」


 慌てる空覇に志恵と雷火が揃って驚愕の目を向ける。いやあれは不可抗力で、と言い訳をする空覇を見て、クリスはふふんと満足げに鼻を鳴らす。その肩に乗った絹田さんは不思議そうに首を傾げ、きゅう、と鳴いた。


  *


 ──『蛇』の面々はと言うと、その大半がそのまま学園に残る事となった。


 火ノ宮(ヒノミヤ)、析口(セキグチ)、若城(ワカシロ)、山路(ヤマジ)の教員勢は全員、そのまま学園に勤め続ける運びとなった。火ノ宮と山路は辞める事も考えたようだが、同僚達から引き留められ、残る事を決意したようだ。


 寮母である伏見(フシミ)と鳴門(ナルト)は八色理事長と近しい仲だった事もあり、二人揃っての辞職を考えていたようだ。しかしベテラン寮母二人に同時に辞められては困る、という新理事長直々の説得により、学園に残る事にしたとの事だった。


 また三年生の野槌(ノヅチ)と一年生の黒塚(クロヅカ)はそのまま生徒として普通に学生生活を続けている。ちなみに黒塚の家は比較的八色に近しい家系だったらしく、最初から八色に協力するつもりでこの学園に来たそうだ。今となってはそれももう意味の無い話となった訳だが、特に転校などは考えてはいないようだ。


 そして学園を去ったのは二人。土岐(トキ)と大乃(オオノ)である。


 土岐は八色雷公が若い頃からの唯一の親友であり、また右腕であったという。八色理事長のいない今、自分が此処に居る意味はもう無い、と辞表を提出したそうだ。


 大乃は転校ではなく、すっぱりと高校自体を辞めた。上京し、断念した相撲取りの道を再び歩むべく、日々鍛錬に励んでいるようだ。ちなみに空覇に負けた事が、決意を固める切っ掛けになったという。


 ──それから元『呪術研究会』の面々や野槌など、奨学金や補助を受けていた者達は、そのまま援助を受けられるような計らいが為された。更に成績の優秀な者には、学園独自に大学へ通う為の奨学金を受けられる制度も作る予定だという。


 他にも、厳しすぎる規則を緩めるであるとか、土日には外出も許可されるであるとか、色々な部分での改革が成され始めている。きっと学園はより良い方向へと進んでゆくのだろう。


 ちなみに、あの日現場に居た『蛇』の面々や『やくさいさまの集い』の会員達には、厳重に口止めが為された。本来ならば『組織』の者が『忘却』なり『記憶封印』なりの処置を施すところだが、他人に喋ったところで誰も信じないだろう、という事でこういう結果となったようだ。


 ──最後に、桜谷聡美(サクラタニ・サトミ)についてである。


 桜谷は地下から運び出され、翌日には病院へと搬送された。しかし数日間目を覚まさず、目覚めた後も酷い記憶の欠落や意識の混乱が見られた。時折痙攣の発作や自傷行為を繰り返し、結局精神科へ入院する事となったという。


 何かに酷く怯えていたかと思うと、一瞬後には誰かと見詰め合っているかのような恍惚とした表情を浮かべるなど、目まぐるしく感情を変化させる。現実で掛けられた言葉には殆ど反応せず、まさに夢の中で生きているかのようになってしまったそうだ。


 その話を聞いて志恵は少し心を痛めたが、もう終わってしまった事だと自分に言い聞かせるしか術が無いのも事実であった。


 様々な思いをはらみながらも、時はゆっくりと進んで行く。学園の開かれた門からは、爽やかな風が新緑の香りを運んで来るのだった。


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