04-06


  *


「──酷ェ臭いだな。死穢と瘴気が充満してやがる」


 空覇と雷火は階段を降り、真っ暗な地下通路を進んでゆく。すると程無くして、懐中電灯の灯りの中に見知った顔が姿を現した。


「ああ、眞柴先生。という事は無事、大乃君をやり込めたのですね」


「──山路先生」


「僕は先程も言った通り邪魔はしません。どうぞお通り下さい」


 そこにはランタンを持った山路が立っていた。山路は柔和な笑顔のままで空覇達に道を譲る。しかし雷火の顔を認めた途端、心配そうに声を掛けた。


「……雷火君も、来てしまったのですね。なら止めはしません。でも気を付けて」


「はい、ありがとうございます」


 雷火の答えに頷く山路の横を通り抜け、二人は更に先を目指した。少し足を進めると、今度は女性が二人、揃って姿を見せる。


「やっぱり来ちゃったんですね、眞柴先生。……その、出来れば思い留まってくれませんか?」


「私達としても、引き返してくれるとありがたいんですけどね」


 少し険しい表情の新任体育教師、火ノ宮陽那(ヒノミヤ・ヒナ)と、笑顔を顔に貼り付けた養護教諭の析口芹那(セキグチ・セリナ)がそこに居た。


「そう言われてもなァ。俺はあんたらよりも、その奥に用事があるんでね」


 困惑の表情で頭を掻く空覇に、しかし臆する事無く析口が近付いて来る。


「そんな事頑張っても面倒なだけで何の得にもならないでしょ? ね、サボっちゃいましょうよ。また激しく可愛がってくれない? 今度はもっと時間を掛けてじっくり楽しみたいわ……ね、眞柴先生」


 妖艶な笑みを浮かべ空覇の腕を取ろうとする析口に、しかし口を挟んだのは、空覇ではなく何と仲間である筈の火ノ宮だった。


「ちょ、何言い出すんですか析口先生!? そんな淫らな事……えっえっ」


「あらいいじゃない。結果的には足留めになるんだし」


「そういう問題じゃないです! それに生徒だって居るんですよ!? ホラあそこ! ね、君も先生のこんな姿、見たくないでしょ!?」


「え、僕ですか?」


 とばっちりのような話の振られ方に雷火が目を丸くする。助けを求め横を見上げると、必死で笑いを堪える空覇の姿があった。絡め取ろうとする析口の手をするりかわし、空覇は苦笑混じりに言葉を零す。


「取り敢えず勘弁してくれねェか、析口センセ。今はそれどころじゃねェんだ、人の命が掛かってるんでな」


「あら、相変わらずつれない人。でもやっぱりそこがいいわ、追い掛けたくなるもの。余計に入れ込んじゃう」


「俺としちゃあ、追い掛けられるより追い掛けるというか、その気にさせて堕とすって方が好みなんだがなァ」


 とは言え、空覇が据え膳に手を出さないというのは非常に珍しい。好みかどうかは置いておいて、来るなら応えるのがマナーとでも思っているのが空覇なのだ。


 誘惑に応じない空覇に肩を竦め、析口は戦線離脱とでも言わんばかりに通路から退き、壁に凭れ掛かる。


「ま、じゃあしょうがないわね。色仕掛けが効かないなら私に出来る事はもう無いわ」


「え、早くない!? 諦めるの早過ぎでしょ!?」


「だって私、物理じゃ何も出来ないもの。火ノ宮先生、後はよろしくね」


「ちょ、丸投げ!? 何なんですかそれ、ヒドくないですか!?」


 笑顔で手を振る析口に、火ノ宮は恨めしげな視線を向けた。そんな女性達の様子を空覇は笑いを噛み殺しながら、そして雷火は呆れつつ見守っている。


「──さ、どうするよ火ノ宮先生。アンタが俺のお相手してくれんの? 出来れば危ない事はやりたくねェんだがな。怪我とかさせねェようにすんの面倒っちいし」


「……そうやって皆、私を馬鹿にして!」


 空覇の言葉に激昂した火ノ宮が、悔しさと怒りに表情を歪めた。ギンッ、と力の籠もった眼が空覇を睨み付ける。瞳の奥に、黒い炎が揺らめく。──一気に、火ノ宮の纏う雰囲気が変化する。


「向こうさんは本気で来るみてェだ。……雷火、下がってろ」


 言われるままに差し出された懐中電灯を受け取り、雷火は壁際に身を寄せる。ちらり析口と目が合うが、お互い無言で肩を竦めた。そして雷火と析口が見守る中、火ノ宮と空覇が構えの姿勢を取る。


「……幾ら何でも俺とお前じゃ勝負になんねェだろ。俺は寸止め、お前は普通に攻撃していいってのはどうだ?」


「いいのそれで? というか随分な自信よね、ムカツクわ」


「悪りィな。女を殴るのは趣味じゃねェもんでさ──っ、おっと」


 瞬間、火ノ宮が目の前から消えた。空気の流れに反応し、空覇が左側面からの回し蹴りを身を引いて躱す。お返しに蹴りを叩き込もうかと思った空覇だが、──そこには有る筈の隙が無かった。ステップのような動きで今度は逆の脚が空覇を襲う。


 咄嗟にクロスした腕でガードを固め蹴りを防ぐ。反動を利用し、火ノ宮はバックステップで距離を取った。蹴りは軽く、腕に痛みは残らない。体格差を考慮しハンデマッチを提案した空覇だったが、相手に利があり過ぎるという事実に、今更ながら後悔を覚えていた。


「なかなかのモンだな。軽いがその分、撃ち込みが正確で動きにロスが無ェ。ルールによっちゃあ、かなりイイとこまで行くんじゃねェか、お前」


 言いながら空覇はフェイントを含め軽く攻撃を繰り返すが、そのどれもが火ノ宮には届かない。こりゃマズいかな、などと考えながらカウンターを狙うものの、余りに小さい隙に苦笑を浮かべるしか術が無い。


「ありがと。でも私の攻撃全部防ぐなんて、眞柴先生も相当よ」


「そりゃどーも。こっちは自己流だが、お前さんは元々結構な実力者じゃねェのか。何を間違ってこんな学園に来ちまったんだ?」


 立体的に襲い来る猛攻を防ぎつつ、空覇が挑発を試みる。すると火ノ宮は軽く息を乱しながら舌打ちを零し距離を取った。


「順調にいく筈だったのよ。流派の中でそれなりの地位も約束されてたし、総格デビューの話なんかも来てた。でもね、周りが全部ぶち壊したの。──知ってるでしょ、大学生が部の寮で大麻やってて大勢捕まったってニュース」


「ああ、あったな。芋蔓式に複数の大学で幾つもの部が摘発されたってやつ。──そうか、それの巻き添えか」


 空覇の得心に火ノ宮が唇を噛みながら頷きを返した。再度、足がステップを踏み始める。


「そうよ。私は何にも悪い事してないのに、下らない先輩らの所為で私の未来は全部パア。仕方無く普通に就職しようとしても、情報が出回ってて何処も駄目。……だったら飛び付くでしょ? 施設の整ってる私立高校に雇ってくれるなんて話に、──ねッ!」


 また火ノ宮の姿が消えた。空気が大きく動く。今度は──決めに来るつもりだ。流れを読む。火ノ宮の動きはいつだって孤を描いている。直線では無い、円形の風を感じた。


 後ろから、螺旋めいた空気の渦が迫る。


「──そこだッ!」


 背後からの上段回し蹴りを避け、振り向きざまに続く蹴りを左肩と左腕でガードし──そして空覇は、強く一歩を踏み込んだ。


「──っっ!」


 ピタリ、時が止まる。──蹴りをガードされた火ノ宮の喉には、空覇の右拳が突き付けられていた。


「……勝負アリ、ね」


 面白くも無さそうにぽつり、析口が呟いた。


  *


 一方、クリスは何者にも邪魔されずに広間まで辿り着いていた。クリスが空覇の仲間であるという事実は、恐らく誰にも知られてはいないのだろう。


 クリスはそれを悟り、誰にも見付からないよう影に身を潜めながら慎重に進んでゆく。幸いにも松明が灯された広間には多くの影が揺らめいており、小柄なクリスが隠れる場所には事欠かない。


 広間では『やくさいさまの集い』の会員らしき何人かの男子生徒と、そして桜谷達が前方に集まっていた。大きな祭壇には、黒くぬるりとした質感を持った像が設置されている。これが『やくさいさま』だろうか。


「……それでは、贄を此処に」


 野槌の声を合図にして、志恵が前へと引き出される。声が出せないようにか、どうやら口枷のようなものを嵌められているようだ。志恵の頬に涙が零れ、松明の明かりできらきらと煌めいた。


 クリスは飛び出したい衝動を抑え、ぐっと奥歯を噛んだ。肩にしがみ付いた絹田さんも静かに状況を見守っている。


 まだ、まだだ。自分一人が出て行ったとしても、志恵を救い出せたとしても、問題は何も解決しない。黒幕を引き摺り出し、そして『やくさいさま』そのものを消す必要がある。その為には、自分一人ではどうしようも無いのだ──。


 自分に言い聞かせながらクリスは息を潜め、影の中でじっと、時を待つのだった。


  *

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