04-04


  *


 ──いよいよ土曜日の夜が訪れた。


 それまで何度か話し合った結果、羽々木志恵(ハバキ・シエ)には計画の事を話さない、という決断を眞柴空覇(マシバ・カラハ)は下した。乙紅莉栖(キノト・クリス)は反対の姿勢を見せたが、志恵が拉致されない事には儀式が始まらないであろう事、そして儀式が進まなければ禍根を元から絶ちきる事が出来ない可能性を諭され、渋々承諾した。


 ──『決行は消灯後の筈だ。羽々木が拉致されたら直ぐ、乙は女子寮側から向かえ。こっちは男子寮側から行く。くれぐれも先走るなよ、いいな?』……。そんな空覇の言葉を思い出しながら、クリスは地下の図に目を落とす。


 これは理事長の孫である八色雷火(ヤイロ・ライカ)が入手してきた物だった。清掃や整備などの環境保全系スタッフのトップに配られるもので、学園地下の詳細な情報が記されている。いざという時に迷わないよう、クリスはそれを頭に叩き込む。


「……そいえば、志恵センパイ、ちょっと遅いような」


 志恵は四十分程前にシャワーへと赴いた筈だが、まだ戻って来る様子は無い。じっと時計を見上げるクリスの膝の上で、きゅう? と子狸の絹田さんが小さく鳴く。


「まだ消灯には早いけど、見て来た方がいいかな」


 クリスが立ち上がると、絹田さんも付いて来る気まんまんらしく、隠れるようにクリスの服の中へと潜り込む。出て来ちゃダメだよ、とぽんぽんと服の上から絹田さんを軽く叩き、そして電灯を消してからクリスは部屋を後にした。


 ──しかし、地下を訪れたクリスが目にしたものは、無人のシャワー室と置き去りにされたままの志恵のお風呂セットだった。


「志恵センパイ……連れてかれちゃった。自分が、護らなきゃ」


 風呂セットの中には、いつも髪に着けている筈の組紐と銀の鈴が入っていた。シャワーを浴びようと外した所を襲われたのだろうか。クリスはそれを拾い上げると、服の中から絹田さんを出して言い聞かせる。


「これ、しっかり持ってて。大事な物だから失くしちゃ駄目だよ。自分は自分で自分の身を守れるけど、絹田さんはそうじゃないから」


 こくこくと頷く絹田さんを一度床へ下ろすと、クリスは尻尾のリボンに銀の鈴を括り付けた。金銀の鈴が揃ってちりちりりと鳴る。


「これでよし」


 満足そうに呟くと、クリスは再び絹田さんを抱き上げた。きゅ! と気合いの籠もった声を絹田さんが上げる。小さな随伴者の大きな勇気に励まされ、クリスは少しだけ口角を緩めた。


「ここから、通じてる筈──」


 そして、クリスは倉庫の奥にある扉に対峙した。黒い瘴気が隙間から漏れ出ている。意を決し、クリスはそっと扉を開いた──。


  *


「少し予定は早まりましたが、まあ良いでしょう。男子寮側にもその旨連絡を手配しておきましたわ。──桜谷さん、心の準備はよろしくて?」


 『やくさいさまの集い』の女子リーダーである野槌望愛(ノヅチ・ノア)が桜谷聡美(サクラタニ・サトミ)に語り掛けた。慎重に頷く桜谷の歩みにもう迷いは無い。二人の後ろには両腕を後ろ手に拘束された羽々木志恵(ハバキ・シエ)とそれを見張る黒塚紅羽(クロヅカ・クレハ)、そして数名の『やくさいさまの集い』会員が続く。


 一団は奥の倉庫の扉から階段を降り、そこから伸びる地下通路を歩いていた。濃く凝った瘴気が充満しており、闇の重さに志恵は酷い息苦しさを感じる。この闇には覚えがあった。志恵が以前、体育館で引き込まれそうになった『沼』と同じ不快な手触りだ。


 ──志恵は数十分前にシャワーを浴びようとしていたところを、彼女達によって拘束されたのだ。髪を解き、学内着の上着を脱いだタイミングで桜谷に腕を捻り上げられ、倉庫へと引き摺り込まれた。声を上げようとしたものの運悪く地下には誰もおらず、数人掛かりで拘束されては抵抗する術は無かった。


 真っ暗な中に、野槌達の持つランタンの灯りだけが揺らめいている。複数人の足音だけが響く中、野槌が含み笑いをしながら言葉を零す。


「先に人払いをしておこうかと思いましたら、運良く羽々木さんがいらしたものね。部屋から連れてくる手間が省けたというもの。人目に付かずに済んだ分、むしろ良かったかも知れないですわ」


「わ、わたしをどうするつもりなの! 何をするつもり!? まさか──」


 志恵が震えながら叫ぶと、桜谷が強張った顔でゆっくりと振り向く。桜谷は、泣き笑いのような表情を浮かべていた。戦慄する志恵に向かって、桜谷は歪つな声で答える。


「アンタを贄にするのよ。私、『やくさいさま』にお願いするの。長船君を生き返らせて、って。だから私、アンタを贄に選んだの」


「そんな……、馬鹿な事はやめて! 本当に死んだ人が生き返るなんて思ってるの? 何で、わたしなのよ!?」


「『やくさいさま』は何でも叶えてくれるの。きっと長船君も生き返るわ。それに、──アンタが悪いんじゃない、私から何もかも奪ったんだから、それぐらいしないと割に合わないでしょ」


「わたしが……、何を、桜谷さんから何を奪ったって言うのよ。一方的に虐めて来たのはそっちじゃない。わたしに心当たりなんて無いのに」


 志恵は必死に反論するものの、その声は震えていた。志恵の言葉に、顔だけを振り向かせていた桜谷が立ち止まり、身体をも志恵に向き直らせる。


「心辺りが無い? それ本気で言ってるの?」


 桜谷の瞳には怒りの炎が揺れていた。圧に気圧され、志恵はびくりと肩を跳ねさせる。


「アンタが! 全部盗ってったんじゃないの! 聞いたよ、ママを捨てたパパは今、アンタのお母さんの所にいるって! アンタのお母さんもアンタそっくりで胸大きいんだってね? そうやって身体でパパをたらし込んで奪い取ったんでしょ!」


 桜谷の怒声に志恵が目を見開く。──九頭久遠(クズ・クオン)が言っていた『血の繋がった姉』とは桜谷の事だったのだ。九頭蔵人(クズ・クロウド)に二度の離婚歴があるのは知っていたが、まさか元妻の一人が桜谷の母だったとは──。


「そんな……誤解しないで! わたしもお母さんも、あんな奴とは一緒になりたくなんてないの! あっちがお母さんを貶めて一方的に……」


「パパを『あんな奴』なんて呼ぶなッ!」


 桜谷の怒りの炎がますます燃え上がる。憎しみを込めた瞳で睨まれ、志恵はひっと息を飲む。


「長船君だってそう! 私、入学してからずっと長船君の事、好きだったのに! たまたま聞いたのよ、長船君が友達と話してたの! 『おっぱい大きい子ってイイよね、羽々木とか凄いじゃん。華奢で大人しそうなのに巨乳とか、僕ああいう娘タイプだな』って!」


「そんなの知らない! 聞いてない! それも一方的に長船君が言ってただけでしょ!? わたしに言われたって困るよ! 逆恨み、八つ当たりじゃない!」


「でもアンタの存在が全部悪いのよ! アンタが! アンタがいなけりゃ!」


 怒りに任せ、桜谷が志恵の胸倉を掴む。肌着が破れ、胸の谷間が露わになる。思わず悲鳴を上げて逃れようとする志恵を、後ろから黒塚が支えた。


「ちょっとせんぱーい、ストップストップぅ。ヒートアップしすぎですよー。それもこれも全部、儀式が終われば丸く収まるでしょー? 抑えて抑えてぇ」


「そうですよ桜谷さん、羽々木さんは大事な贄なんですから。その思いの丈も全部、儀式に注ぎ込みましょう、ね?」


 黒塚と野槌に諭され、桜谷は渋々手を離した。よろめいた志恵にはもう目もくれずくるりと前を向く。


「そうね、ちょっとカッとなっちゃった。……ゴメン、行こう」


 そして一行はまた歩き始めた。──志恵は理不尽さに唇を噛む。九頭の件も長船の件も自分が悪い訳ではない、全て桜谷の思い込みだ。もしかしたら虐め自体もそうした桜谷の思い込みが発端だったのだろう。志恵は悔しさに息を詰まらせる。


「……不憫ですねぇ。でも諦めて下さいねー、経緯はどうあれ、もう贄にするのは決まっちゃった事なんでぇ」


 黒塚が身体を寄せ耳許で囁いた。志恵が横目で睨むと、黒塚はそのにやにやした笑みを一層深める。


 そこからはしばらく無言で歩き、──やがて辿り着いたのは通路の奥、大きな金属の扉。


 女子生徒達が数人掛かりでその扉を押し開けた。ギギギギ、と耳障りな音を立てながらドアはゆっくりと開いてゆく。


 そして眼前に現れたのは、複数の松明でぼんやりと照らされた大きな、とても大きな広間だった──。


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