03-10


  *


「──で、何だ話って」


 門限後、男子寮の寮監室で寛いでいた眞柴空覇(マシバ・カラハ)の耳に、ドアをノックする音が届く。そっと扉を開くと、そこに居たのは──三年生にして八色学園現理事長の孫、八色雷火(ヤイロ・ライカ)であった。


 気さくで面倒見が良い空覇と喋りに寮監室へと押し掛ける生徒は何人かいるが、雷火はそういったタイプでは無い。むしろ空覇を敵視しているきらいすらあるが──そう考えつつも迎え入れた空覇に、雷火はすみません、と頭を下げる。


「少し、話したい事があって。時間は大丈夫ですか」


「構わねェよ。──ああ、そっちのソファーに座ってくれ。缶珈琲でいいか?」


 おかまいなく、などと言っていた雷火も押し切られるように缶珈琲を開けた。空覇は雷火がいようとも平気で煙草を咥え、ライターを擦る。遠慮も何も無く紫煙を吐く空覇に、雷火は呆れた風に苦笑を漏らした。


「本当に眞柴先生は自由な人ですね。僕にも煙草の匂いが付くじゃないですか」


「ンなの、お前に染み付いてる呪詛の臭いに比べりゃ断然マシだろうがよ」


 空覇の反論に虚を突かれ、雷火は一瞬息を飲む。でだ、と空覇はニヤリ笑うと、煙草の先で雷火を指し示した。


「回りくどいのは好きじゃねェんだ。言っちまえよ、洗いざらい全部よォ。分かってんだろ? 俺が普通の教師じゃねえって事ぐらいさ」


 そしてついでのように、テーブルの上に放置したままの呪符に紫煙を吐いた。門限前、風呂から帰って来た際に扉に貼られていた物だ。呪符はバッ、と燃え上がったかと思うが早いか一瞬で燃え尽きる。後には焦げた痕どころか灰すら残らない。


 その光景を目の当たりにして、雷火は一旦唇を噛んでから言葉を紡ぎ始めた。


「……やはり眞柴先生は、学園を調査しに来た人なのですね。今迄も何人か潜入し学園を探ろうとする者はいましたが、全て呪法を掛けられ亡くなっているようです。学園側は眞柴先生も同様に呪法で殺そうとしたようですが──」


「ああ、『呪術研究会』の奴等に聞いた。まあどんだけ知識があろうが所詮高校生の素人仕事だ、プロの俺にゃあ効かねェよ。──今迄に潜入した奴等は多分死んだ生徒の家族あたりが雇った探偵とかなんだろうが、『潜入』のプロではあっても、『術』のプロでは無かった、って話なんだろうよ」


「という事は、眞柴先生はその、陰陽師? 退魔師? ……何と呼べば良いのかは分からないのですが、そういった類いの人なのですね。あの、失礼ですが教員の経験は……」


 空覇は紫煙を深く吸い込み、自分用の缶珈琲の蓋を開けた。カシュッ、と小気味良い音が響く。ブラックの珈琲で少し唇を湿らせてから、空覇は言葉を紡ぐ。


「まあ俺らは簡単に『術士』って言ってるがな。──ちゃんと教免は取ってらァ、まさかこんな所で役に経つとは思わなかったけどな。人に勉強教えた経験もあるし、まあ、授業も別に悪かァ無かっただろ?」


「僕が直接受けた訳では無いですが、話を聞く限りでは、分かり易い覚え易いと評判は良さそうでしたね。……いえ、その。だから僕は眞柴先生がどちらか分からなかったんです。今迄に潜入して来た人達は、教師としては酷いものだったらしくて」


 その話に空覇は声を上げて笑う。それじゃ潜入になってねェだろ、と紫煙を吐いた。つられて雷火も苦笑を漏らし、また珈琲を啜った。──随分と緊張も解れてきたようだ。そろそろか、と空覇は短くなった煙草を揉み消す。


「で、だ。俺の正体も分かったこの辺りで──聞かせてくれねェか、お前が伝えたかった話ってヤツをさ」


 口許には微笑を湛えながらも、空覇の切れ長の瞳は真剣そのもので、対する雷火は息を飲む。しかしここで逃げ出す程ヤワな神経はしていない。奥歯を噛み締めると、雷火は挑むように真っ正面から視線をぶつけた。


「……僕の御祖父様を止めて貰いたいのです」


「おじいさま、って今の理事長だろ。お前は孫だから、間にもう一人いる筈じゃないのか。そいつはどうした。それに、止めるって何をしでかそうとしてるんだ」


「……僕の父、つまり御祖父様にとっては実の息子に当たる人物ですが、──御祖父様に殺されました。事故を装って母共々、数年前に亡くなりました」


「はは、身内でも容赦無いんだな。理由は解ってんのか?」


「理念というか、……そもそもの考え方自体が全く合ってなかったのでしょう。御祖父様はある計画に取り憑かれ、父は度々それを止めようとしていました。だから邪魔だったのでしょうね。自分は恐ろしくて恐ろしくて、消されないよう、必死で唯々諾々と御祖父様の言う通りにしていました」


 雷火がふうっと溜息を漏らす。少し疲れたような表情の中に、僅か安堵の色が滲んでいる。──恐らくは、初めて心の内を他人に吐露したに違い無い。こいつはこいつで大変だったんだな、と空覇は少しばかりの同情を覚えた。


 しかしそれとこれとは話が別だ。今話すべきは学園に隠された何らかの陰謀であって、雷火の心の安寧ではない。雷火には申し訳無いが、空覇は話を先に進める事にした。


「で、肝心なのはその計画って奴だな。……それはあれか、『蛇』と呼ばれる八色の血縁が関係してるのか? 『やくさいさま』は? 学園に呪法が蔓延してるのも、毎年出る死者と行方不明者も、そもそも学園内に夥しい量の残留思念や死穢が溢れてるのも、その計画に関係あんのか?」


「……どうしてそこまで詳しいんです!? 一体どうやって調べたんですか」


 並べ立てられた情報に雷火が目を丸くする。そんな表情に、空覇はしてやったりとニヤリ笑んで紫煙を吐いた。


「まあ、色んな奴から話聞いてりゃあ、情報ってのは思わぬ所から入ってくるもんだ。それに外部から探れる情報もある。──八色家がこの地に学園を建てたのと村が滅んだ事、いやそもそも八色家が村を出た事は、もしかして全部その計画とやらに繋がってるんじゃないか?」


「驚きました、そこまで調べてあったのですね。──僕も完全に全てを把握している訳ではありません、ですから僕の憶測も含まれます。それで良ければ、全てを眞柴先生にお話しします。だから、──計画を止めるのに、協力して欲しいのです」


 真っ直ぐな視線が空覇を射る。空覇は短くなった煙草を灰皿で揉み消すと、ふうっと息をついた。そして牙を見せ、口の端に笑みを浮かべる。


「俺の任務はそもそも、学園で起こっている異様な事態の解明と解決なんでな。安心しろ、お前に言われるまでもなくそんな妖しげな計画はハナっからぶっ潰すつもりだったんだ」


「じゃあ……!」


「その前に一つだけ教えろ。……何で、俺を信用しようと思ったんだ?」


 一瞬、雷火の表情が固まる。視線が泳ぐ。少し耳が赤くなる。


「……憧れて、しまったんです。勝手な話です。僕は眞柴先生の事を何も知らないのに、それでも無性に、惹き付けられて──その、変な意味ではないですよ? 自信を持って自然体で堂々と立っている姿が、その──僕もああなれたらいいなって」


 恥ずかしげな、悔しそうな、複雑な表情で空覇を睨む雷火を、空覇は笑うでも馬鹿にするでもなく見据えた。理由はそれだけで充分だろう。この眩い程の若さに、空覇はニヤリと笑んで頷いた。


「了解だ。──宜しくな、雷火」


「……こちらこそ」


 そして差し出された空覇の手を、おずおずと雷火が握る。その手は大きく暖かく、何より頼もしくて、今迄一人で抱えていた心細さが解けてゆくような心地がした。


 ──計画の為に積み上げられてきたであろう年月は長く、塗り込められてきた魂の数は夥しく、そして何より悪辣であるに違い無い。これまでは一人、膝を抱え見て見ぬ振りをしてきた。呪詛に染まりながらも、黙ってそれに耐えてきた。


 しかし今、協力者を得た。信頼出来る人を得た。だから勇気を出して立ち上がり、一歩を踏み出そうと思ったのだ。──雷火の瞳には、力強い炎が揺らめいていた。


 ──そして話に熱中する二人は気付かなかったのだ。ドアの隙間から小さな蛇が一匹、血の如く紅い眼で部屋の中を覗いていた事に……。


  *


<三章:伸びる枝葉と、悪意の手──了>

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