第27話 言葉のいらない夜に、そっと重なる心
宿屋の部屋へ着くと、セレノアはユイノをそっとベッドに下ろした。
ふわりと降ろされたユイノは、ようやく緊張から解放されるように体を起こす──が、
「……だめ。まだ、離してあげないよ」
不意に頭上から声が落ちてきて、次の瞬間。
セレノアがベッドの上に腰を下ろし、ユイノの背中へそっと腕を回す。
優しく、でも確かに“離したくない”という気持ちが伝わってくるような、静かな抱擁だった。
「ユイノ。この前、俺が言ったこと……覚えてる?」
ふいにセレノアが“俺”と言ったことにより、記憶が一気に蘇る。
「え…あっ…」
「“男とふたりきりになるな”って、言ったよね?」
「う…うん……」
その時のやりとりを思い出しながら、ユイノは小さく身を縮めるようにしながらモジモジと体を揺らす。
「で、でも……今日は外だったし……」
「アルグレインのあの裏路地は、人通りもなくて、ほとんど“ふたりきり”と変わらないよ」
「……っ」
ユイノの言い訳は、そこで言葉を失った。
セレノアの声は責めるようでいて、どこか苦しそうでもある。
「この町には、ファノアと違って他所から来た人もたくさんいる。
いつ、どんな目に遭うかわからない。攫われたり、売られたりしても、おかしくない。
……でも、そんな中でユイノのそばを離れた俺にも、責任があるよ」
言葉の合間に、ぎゅっとユイノを抱きしめる腕の力が強くなる。
「……だからもう、離れない。どこへ行くにも、俺が一緒に行くから」
「……ごめん…セレノア」
ユイノの声は小さく、でもまっすぐだった。
セレノアは、そんなユイノの頭を優しく撫でると、ふっと表情を緩めた。
「ううん。僕の方こそ、ごめんね。
こんなふうに言っておいて、正直……ユイノがあの男とふたりでいたのを見て、モヤモヤした。ユイノを取られるんじゃないかって焦ってたんだ。」
セレノアの頬にかすかに浮かんだ照れたような赤み。
その視線はユイノをまっすぐに見つめていて、けれどどこか不安そうでもあった。
「……セレノア……」
名前を呼ぶと、彼のまつ毛がほんのわずかに揺れる。
「俺……ユイノには、安心して笑っててほしいんだ。危ない目にも、寂しい思いも、絶対にさせたくない」
そう言って、セレノアはそっとユイノの額に自分の額を寄せる。
あまりにも自然で、けれど優しくて、ユイノはまたドキンと胸を鳴らした。
「……それって……なんで……?」
ぽつりとつぶやいたその問いに、セレノアは一瞬だけ言葉に詰まり──
それでも、微笑むように言った。
「なんでだと思う?」
「え……」
「……考えてみて」
ふわりと髪を撫でられて、何も答えられないまま、ユイノは顔を真っ赤に染めた。
「わかんなかったら、ちゃんと答えがわかるまで、ずっと一緒にいるから。」
そう言って、くすぐったそうに笑うセレノア。
ユイノはその笑顔に、胸がぎゅっとなるのを感じながら──
ただ、こくりとうなずいた。
そして、気づけばふたりの距離はすっかり近くなっていて、
お互いの吐息が混ざるほど、そばにいた。
「……ねえ、セレノア」
「うん?」
「その……私が分からなくてもちゃんと答え教えてね?」
「もちろん」
ふたりだけの静かな時間が、そっと部屋の中に満ちていく。
まるで、外の喧騒や不安なんて何ひとつ届かない、小さな幸せの空間のように。
──朝早くから動いていたユイノは、そのままセレノアの腕の中で眠ってしまっていた。
「ほんとに……危機感ないなぁ……」
セレノアはそっとユイノをベッドに寝かせ、起こさないように毛布をかける。
そして、そっと立ち上がりルゥたちのもとへ戻ろうとした、そのとき──
「……どこ、いくの……?」
かすかな声が背中から届いた。
振り返ると、ユイノはまどろみの中でセレノアを見上げていた。
起きているのか、寝ぼけているのか分からない、ぼんやりとした瞳。
「……はぁ。俺も、弱いなあ……」
ぽつりとつぶやいて、セレノアは再びユイノのそばに腰を下ろした。
「……どこにも行かないよ。ユイノのそばに、いる」
そうやさしく言うと、ユイノはふにゃっと微笑んだ。
その笑顔に、胸がぎゅっとなる。
セレノアはそっと彼女を抱きしめ、額にやさしく口づけを落とした。
それはまるで、
「大丈夫」と伝えるみたいに──
「好きだよ」と、言葉にせずに伝えるみたいに。
夜の静けさに包まれて、ふたりの距離は、もう言葉なんていらないほど近くなっていた。
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