第22話 光を忘れた街へと続く道
ユイノは朝日を浴びながら、いつものように畑の水やりを終えると、クルルの小屋へと向かった。
「クルル、お留守番お願いね!すぐ帰ってくるから!」
「クルルッ!」
任せろとでも言うように、小さく鳴くクルル。
その瞳はどこか、行ってらっしゃいと言っているようだった。
ユイノたちが家を空けているあいだ、ファノア村の村人たちが交代で牧場の様子を見に来てくれることになっていた。
そうして、準備を終えた一行は「森のまどろみ牧場」をあとにし、港町アルグレインへと旅立った。
ファノア村からアルグレインまでは、およそ半日ほどの道のり。
だが今回は荷物も多く、途中で休憩を挟みながらの旅になるため、到着は日が暮れる頃になりそうだった。
「……はぁ、転移魔法が使えれば一瞬なのに〜」
ルゥが肩を回しながら、少し先を歩くナユにぼやく。
二人の少し先には、ユイノとセレノアが楽しそうに会話を弾ませていた。
「ねえナユ、あんた転移とかできないの?」
「僕の“神気”は、土地の巡りを読むことには適していますが……空間跳躍のような魔法は、不安定で危険なんです。無理に開けば、術の反動で身体がもたないかと」
ナユは淡々と答えながら、足を止めることなく進んでいく。
「……あ、あはは。そ、そうだったわね〜?ちょっと思い出すのに時間がかかっちゃっただけよ〜」
ごまかすように笑うルゥ。その視線の先で、セレノアがふと振り返った。
「そういえば、セレノアは前にアルグレインまで行ってたわよね…? すぐ帰ってきてたけど……どんな手使ったのかしら?」
「え? ああ……僕、足速いからね~」
にこっと微笑むセレノアの言葉に、ルゥは思わず眉をひそめる。
「……聞いてたのね? ていうか、ほんっとにあんたって謎が多いわ。剣を主に使ってるのに、魔法もそれなりに扱えるし……」
「まあね。僕、“混ざりもの”だからさ。器用貧乏ってやつかも」
「混ざりもの?」
「うん、ハーフなんだ。……どことどこの混血かは、まあ……ルゥなら、そのうち気づくと思うよ」
その言葉に、ルゥはふっと目を細めた。
──軽口みたいな言い方だけど、“本当のところ”は伏せられている。
けれど今のセレノアには、きっとそれを語るつもりはないのだと、なんとなく分かる。
「……まぁ、いいわ。話したくなったら、自分から言うでしょ」
ルゥはそう言って、わざとらしく大きく伸びをしながら、話題を切り替えた。
「ところで〜、あとどれくらいなの? あたしもう、お腹すいてきちゃった〜!」
「じゃあ、ここで少し休憩にしようか」
セレノアが足を止め、緩やかに揺れる木陰へとみんなを促した。
陽射しは厳しく、汗ばむ陽気が肌にまとわりつくようだったが、木々の影に入ると空気はぐっとやわらかくなる。
「やっと~!やっと休める~っ!」
ルゥは地面にぺたんと座り込むと、荷物のカゴをさっそく物色しはじめる。
「パンにベクルの燻製肉、それにルル菜のピクルス……ふふっ、あたしの好物ばっかりじゃないの!」
「いやそれ、昨日ルゥが自分で詰めてたやつだよね……?」
ユイノが笑いながらつっこむと、ルゥは口を尖らせて抗議した。
「旅におやつは必要なのよ~!ね、ナユも何か食べなさい~!」
「……では、いただきます」
ナユはいつものように落ち着いた仕草で、小さな木のトレーを取り出す。
パンに具を挟むその手つきは繊細で、美しい所作が自然と宿っている。
「うん、やっぱりユイノさんのピクルスはおいしいですね」
「ふふ、ありがとう。保存食としては自信作なの」
ユイノも隣に腰を下ろし、緩やかな風を感じながら肩の力を抜いた。
澄んだ小川のせせらぎ、木々をわたる風に混じる虫の声、そして葉の隙間から差し込む木漏れ日が、時の流れを忘れさせるような静かな午後を演出していた。
──と、その時。
「……ん?」
セレノアがわずかに眉をひそめて、耳を澄ます。
「なに?どうかした?」
ユイノが顔を上げた瞬間、草むらの奥から「ピギィ……」という小さな鳴き声が聞こえた。
「……あれって……」
ナユがすっと立ち上がり、音のするほうへ静かに歩を進める。
数歩ののち、草をかき分けると、そこには――
ちいさなちいさな、野生の「コロリィン」が倒れていた。
その身体はまるでまんまるな栗のよう。淡い若草色のふわふわとした毛並みをまとい、耳は葉っぱのような形をしている。
普段はころころと転がって移動する、土地に祝福された“癒し獣”の一種だ。
温厚で臆病な性格から、森の精霊のように扱われ、村では「見つけたら幸せが訪れる」とも言われている。
しかしそのコロリィンは、明らかに様子がおかしかった。
ぐったりと横になり、小さく「ピ……ギ……」と弱々しく鳴いている。
「……ちっちゃい……でも、元気ないね」
ルゥがそっとしゃがみ込み、指先で額をなでようとするが、毛並みには熱がこもっている。
「この子、軽い熱中症みたいです」
ナユが脈と体温を確認しながら判断を下す。
「お水、それと……甘いジュレもあるよ!」
ユイノが慌てて荷物を探り、スプーンで果汁ジュレを一口ずつ口に含ませる。
「……ピ、ピギ……」
コロリィンの目が、ほんの少しだけ開いた。
「よかったぁ……」
ルゥがほっと胸をなで下ろす。
「アルグレインに向かう途中で、野生動物までこんな状態ってのは……やっぱり、土地の巡りが乱れてるって証拠かもしれないな」
セレノアが空を見上げながらつぶやく。
「……この子、連れていきましょう。無理にはしない。でも、せめて水と食べ物を与えながら様子を見たい」
ナユの提案に、全員が頷いた。
ユイノは小さな布で包み、コロリィンを丁寧に抱え上げる。
「大丈夫。すぐによくなるからね……」
彼女の腕の中、コロリィンはうっすらと微笑むように目を閉じていた。
再び歩き出した一行の前には、少しずつ様相を変え始めた森の風景が広がっていた。
湿気を含んだ空気の中に、わずかに潮の香りが混じる。
陽射しはまだ高く、だがその向こうには、港町アルグレインの影が、確かに近づいていた。
──それはただの旅の途中ではない、誰かの火をもう一度灯すための、小さな使命の始まりでもあった。
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