第19話 新しい仲間と牧場の発展

雨のあとの空気は、少しだけ澄んでいて、少しだけ重たかった。


昨晩の激しい雷雨が嘘のように晴れた朝。

濡れた土の香りと、静けさに包まれるファノア村。


家の中では、ユイノが気まずそうに朝食の支度をしていた。


──恥ずかしい。

昨夜、自分がどんなふうにセレノアにしがみついたか、思い出すたびに顔が熱くなる。


それなのに、向かいに座ったセレノアは、いつも通りだった。


「いただきます」


「う、うん、い、いただきます……!」


ぎこちない声と共にパンをかじるユイノを、セレノアは静かに見つめる。


その視線に気づかないふりをしながらも、ユイノは内心であたふたしていた。

けれど、セレノアの方は──ほんの少しだけ、その距離を縮めていた。


目が合えば、微笑む。

言葉を交わせば、ほんの少し柔らかく。


それは、今までとは少し違う距離感。

近いけど、決して押しつけがましくはない。

優しく、あたたかい、じんわりと心にしみこむような──そんな“好意”。


その変化に気づいたのは、ユイノよりも、先にクルルだった。


朝の見回りのときも、庭での水やりのときも。

クルルはなんとなくユイノとセレノアの間に割って入らないようにしている。


「クルルは応援してくれているのかい?」

セレノアが冗談交じりにそう言うと、クルルはクゥと小さく鳴いた。


「ははっ、動物に気づかれるなんて参ったな〜」


セレノアは頭をかきながら笑う。


「当の本人は全く気付いていないみたいだけど…これは少しずつになりそうだな~」


そう言いながらも、ユイノを見つめる瞳は優しく、温かく、だが強い決心を宿していた。


「まぁ、焦っても良いことなんてないからね……ゆっくり進めさせてもらうよ」


そう言って、ユイノの元へ行き、さりげなくカップを差し出した。

ユイノはドキッとしながらも受け取る。


セレノアの思う通り、ユイノは自分の言動の恥ずかしさで頭がいっぱいで、セレノアの“距離の変化”にはまったく気づいていなかった。


「ご、ごめんね、昨日の夜……わたし、あんな……」


「なんで?昨日のユイノ、すごくかわいかったよ?」


恥ずかしげもなくセレノアがユイノの目を真っ直ぐ見て伝える


「セ…セレノア!!」


顔から火を噴く勢いでユイノが真っ赤になった。


「ははっ!ごめんごめん。からかったつもりはないんだ。…僕は気にしてないし、大丈夫だよ」


その一言に、ほっと息を吐くユイノ。

ようやく肩の力が抜けて、いつもの調子が戻ってきた。




──次の日の朝。


「ルゥ……大丈夫かなぁ」


ユイノがポツリとつぶやく。

ルゥが"ミリミリ様"に呼び出されて、3日が経とうとしていた。


セレノアは少し考え、空を見上げながら、ゆっくりと口を開いた。


「…ルゥなら大丈夫さ。ただの“変化するお姉さん”じゃないんだろう?」


「え……?」


「ほら、なんか不思議な力とか、いろいろあるんじゃないの?」


そう言って笑う彼の表情が、どこまでわかって言っているのか、ユイノには判断がつかなかった。


──でも。

なんだかその一言が、不安な気持ちを少しだけ和らげてくれた。


畑の作物に水をやり、クルルに餌をやって、昼には新芽の成長を喜び、新たに始まる食堂の作戦を練る。

夕方には風の匂いに季節の移ろいを感じ…


……変わらない、けれど少しだけ前に進んだ、穏やかな日常。


そんな日暮れどき。


「ただいま〜〜!」


空気を揺らす、どこか気の抜けた声。


玄関に飛び込んできたのは、ぽてっとした狐のようなルゥ。

その後ろには、見慣れない少年が一人──


「……ん?誰……?」


セレノアが警戒する様子もなく、その少年を見つめる。


「この子はね〜、えっと、ナユ! お手伝いの子!うん、ただの……え〜っと、あたしのお友だち!」


「お友だち?」


とセレノアは少し笑うが、それ以上は追及しなかった。


「よろしくお願いします」


とナユが静かに一礼する姿に、どこか神秘的な雰囲気を感じながらも。


「なんだか不思議な空気を持っている子だね」


とだけ呟いた。




──その夜、ユイノにだけ、ルゥはこっそりとナユの正体を打ち明ける。


「あの子、あたしが神苑にいたころ、ずっとお世話してくれてた子でさ〜。今は修行?付き添い?みたいな感じで来たんだけど、ちょ〜っとしぶとくて~……」


「そっか……でも、なんだか落ち着いてる子だね。よろしくって、ちゃんと伝えておくよ」


「うん。そんなに愛想がいい子ではないけど、仲良くしてあげて~」


「わかった。…そういえばルゥ、“ミリミリ様”は大丈夫だったの?」


ユイノがふと問いかけると、丸まっていたルゥはぴくりと耳を動かし、あくびをひとつ。


「んー、大丈夫大丈夫。ちゃんと見てくれてたよ、あたしのがんばりも、ユイノのことも」


そう言って、ちょっと誇らしげに胸を張ったかと思えば、すぐにいつものふにゃっとした笑みに戻る。


「“少しは成長したわね”って褒めてもらったんだから~!」


「そっか。よかった……」


ユイノがほっと微笑んだそのあと、ぽつりとこぼすように呟いた。


「……っていうか、ルゥ。ずっと聞きそびれてたんだけどさ、“ミリミリ様”って……結局、誰なの? まあ、神様なんだろうとは思ってるけど……何の神様なの?」


ルゥはその言葉にちょっと目を丸くしてから、口をとがらせる。


「今さら!? あれだけ“ミリミリ様”って言ってきたのに~! ……まぁ、いいけど。あの方はね、“自然と命の巡り”を司る、循環の女神・"ミリエラ様"。木も風も土も命も、全部が巡りながらこの世界を支えてるっていう、そういう力の象徴ってとこかな?」


「……なるほど」


ユイノは少し目を見開いてから、何かを飲み込むように、ゆっくりうなずいた。


「……そう聞くと、すごく大きな存在に見えてきた……のに、ルゥの“ミリミリ様”って呼び方のせいで、ちょっと親しみやすすぎたかも」


「え~、だってそう呼んでたんだもん。あたし的にはそっちのがしっくり来るのよ~!」


と、頬をぷくっとふくらませるルゥに、ユイノは思わず笑ってしまう。


そのあとで、ルゥは少しだけ表情を改めて続けた。


「でもね、そのミリミリ様が言ってたの。これから、この村にちょっと“大きな揺らぎ”がくるかもって」


「……えっ?」


ユイノが不安げに眉をひそめると、ルゥはぶんぶんと前足を振ってごまかすように笑う。


「大丈夫大丈夫! あたしもナユもちゃんと見張ってるからさ?」


「……うん」


「それにさ~、なんかあったらセレノアもいるしね? あの子、すんごい頼りになるし~。ちょっと強引な部分もあるけど~?」


「な、なんの話……!」


「ふふーん♪」


はしゃぐようにくるくると回るルゥのしっぽ。

その様子に、ユイノもようやく笑みを取り戻す。


「……ありがと、ルゥ」


「どういたしまして~♪ さ、明日は朝からナユに畑手伝わせるからね~! あたしは日向で見守る係!」


「……それってサボりたいだけじゃ……」


そんなやりとりが、夜の静けさにぽつぽつと弾んでいく。


そして──


小さな部屋の灯りが揺れる中。

ユイノの寝息が聞こえはじめた頃、ルゥはそっと彼女を振り返り、静かに目を細めた。


(……ほんと、ちょっとずつだけど、ちゃんと“幸せ”になってきてるよね)


ぽてんと寝転がり、柔らかな毛並みに頬をうずめる。


(……だから、あたしもちゃんとやらなきゃね。ミリミリ様の言ってた“危機”も、ちゃんと向き合わなきゃ……)


そう、静かに心に誓うように──

ルゥはまぶたを閉じ、夜のやさしさに身をゆだねていった。



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