スキルデッキ構築型VRMMO『ライブラリ・スクエア』

草鳥

第一章 さいごのたたかい

1.出会い

〈ドローフェイズ〉


 二人の少女が戦うスタジアムに電子音声が鳴り響く。

 同時に、それぞれのデッキから新たなスキルが手札に加わった。


(これで向こうの手札は三枚。こっちは四枚……)

 

 相手との距離を詰めながら、背の高い方の少女――リンドウは勝ち筋を脳内で組み立てていく。 

 こちらの手札には攻撃用アタックスキルが三枚。向こうが防御用ガードスキルをどれだけの枚数デッキに差しているかはわからないが、ここは攻めるべき局面だ。

 相手の手札は推理するしかないが、これまでの展開を考えるとガードスキルを複数握っている可能性は低い。


「行くぞ」


 手札に抱えたスキルのうちの一枚――《赤狼の牙》を発動すると、リンドウの右手に握る剣が深紅の光に包まれる。

 システムアシストを受けた足が一気に距離を詰め、赤い斬撃が相手プレイヤーに襲い掛かった。


 この世界の名は『ライブラリ・スクエア』。

 カードゲームとアクションゲームが融合した、対人戦偏重型のVRMMOである。



 * * *



 明るい金髪を二つ結びにした少女――ルーシャは困り果てていた。

 近未来的な都市には多種多様なプレイヤーが行き交っているが、誰もが知らぬ存ぜぬといった調子で通り過ぎていく。


「あのっ、だからあたし行くところがあるんだってば……!」

「だから俺たちが連れてってやるって言ってんじゃーん」「そうそう」


 ルーシャに絡んでいるスキンヘッドのマッチョと痩せぎすの男の二人組は、人のよさそうな笑みの奥に粘ついた欲望を隠しもしない。

 『可愛い女の子は絡まれやすいから気を付けるように』という姉からの忠告を思い出しつつ、少女はため息を吐き出す。

 

 ルーシャは今日『ライブラリ・スクエア』を始めたばかり。

 以前からこのゲームを遊んでいる姉に、彼女が所属しているクランの専用部屋への招待を受けた。

 右も左もわからない状況で、送られてきた地図データを頼りに一歩踏み出そうとしたところでこの男たちに声をかけられたというのが現状である。


(うう~っ、どうしよう。この人たちしつこいし、もう観念して案内してもらった方が早いかな? でもなんか怖い……)


 リアルでのルーシャはまだ中学生。

 ゲームの中とは言え、かなり年上っぽい男たちに道行きを委ねるのには忌避感があった。

 もう走って逃げてしまおうか。でもそれで追いかけられでもしたらかなり恐ろしいものがある、と葛藤を重ねていると。


「ちょっと、そこの。何やってんの」


 横から飛んできた涼やかな声に、その場の全員が振り向いた。

 そこにいたのは、紫がかった黒髪をポニーテールに纏めた長身の女性だった。

 どこか威圧感のある振る舞いに、切れ長の目も手伝って冷めた印象を受ける。


「な、なんだよ」


 無言で近づいてくる女に、スキンヘッドの方がたじろぐ。

 女は男たちを眇めた目で見つめると、小さく息を吐いた。


「あんたら、”ゴズ”のクランの奴らだろ。いいかげん女にばっか声かけるのやめなよ」

「……くそっ、こいつかしらの知り合いか? おい、行くぞ!」


 慌てたように逃げていくスキンヘッドを、小柄な男が「ま、待てよ!」と慌てて追いかける。

 その背中を睨み付けるように見送り、長身の女はルーシャへと向き直った。


「大丈夫?」

「は、はい! …………」

 

 ルーシャは慌てたように背筋を伸ばしたかと思うと、今しがた助けてくれた女の顔をじっと見つめる。

 女はその視線に怪訝な表情をしつつ、


「あんた、見た感じ初心者でしょ。チュートリアルを受けるなら向こうのセントラルタワーだよ」


 このゲームのチュートリアルは任意で受けられることになっている。

 受けずに手探りで始めるも、きっちり学んでから遊ぶのも自由。

 学ぶ場合はリンドウが指さした、この都市の中央に位置する白銀の尖塔――セントラルタワーを訪れることが推奨されているのだが、その提案にルーシャは首をぶんぶんと振る。


「い、いえ、実はあたし、人と約束をしてて……! 『ヴォーパルソード』っていう……クラン? にお姉ちゃんがいるんですけど、そこで会う予定なんです」

「……じゃあ一緒に行く? ちょうど私もそこに用事があるし、ついでに案内するよ」

「ほんとに!? ありがとうございますっ! そうだ、あたしはルーシャって言います。お姉さんは?」

「リンドウ。あと敬語はいらない。さ、行こう」


 迷いのない足取りで歩き出すリンドウをぼんやり眺めたルーシャは、はっと我に返って後を追った。


 * * *


 このゲーム――『ライブラリ・スクエア』の舞台となる街、セントラルタウン。

 その中央区に、大規模クラン『ヴォーパルソード』の拠点はあった。

 二人は現代的な美術館のようなその外観を見上げる。


「ここにお姉ちゃんがいるのかぁ」

「本来クランルームはメンバーじゃないと入れないんだけど、私は特別に権限を貰ってる。ちょっと入って呼んでくるよ。お姉さんのゲーム内での名前はわかる?」

「そ、そう言えば聞くのを忘れてた! ごめんなさい、実はゲームの中でのことはほとんど知らなくて……」


 しゅんと眉を下げるルーシャに、リンドウは優しく笑いかける。


「そうか。私もあの人のリアルでの名前は知らないから、照らし合わせることも出来ないし……じゃあこのクランのリーダーに聞いてくるよ。あの人ならメンバーの事情くらいは聞いてるだろ」

「知り合いなの?」


 ルーシャはリンドウの横顔を見上げる。

 彼女はクランルームに視線を向けていたものの、その実、別の何かを見つめているように見える。

 出会った時からリンドウとはあまり目が合わない。いつもどこか遠くを見ているような瞳が印象的だった。


「ああ。……お節介な姉貴分って感じかな」


 渇いたその返答を、どう受けとめればいいのか迷っていると――クランルームの入り口、両開きのガラス扉が開いた。

 出てきたのは 白いボブカットに赤いメッシュを入れた女性。中性的な顔立ちは涼やかにも思えるが、脚を大胆に出したショートパンツの軽装とスタイルの良さが相まって、女性らしさが前面に出ていた。

 どこか近寄りがたい空気を纏う彼女だが、入り口前に立っていたリンドウを目にすると、ぱっと表情を明るくする。


「お、リンドウ! 来てくれたんだ!」

「あんたが呼んだんでしょう、レイさん」

「そうだけどさー、リンドウ付き合い悪いじゃん。それでそっちの子は……」


 レイという名らしい女性の目線がルーシャに向かう。

 じろじろと不躾とも言える無遠慮さに少女の肩が強張りかける。

 だがその緊張はだんだんと緩み、ルーシャの表情が驚きの形へと変わった。


「もしかしてお姉ちゃん?」

「おおー、まさかのラブリーマイシスター! ゲームの中でも可愛いねえ!」


 ルーシャを抱きしめて頭をぐりぐり撫でつけるレイ。

 つまり、


「ルーシャの姉ってあんただったのか」

「そうだよー、まさかリンドウが連れて来てくれるなんてね。なんだか運命感じちゃうな」


 人好きのする笑顔を浮かべるレイに、リンドウは気まずそうに目を逸らす。

 リンドウはこの人が少し苦手だった。

 よく面倒を見てくれた先輩プレイヤーだが、根の明るさと面倒見の良さにどうも馴染めなかったからだ。

 それが自身のひねくれた性根に起因していることは内心申し訳なく思っているが。

 

「お姉ちゃん、会えて嬉しい。それで、どうしてあたしを呼んだの? もしかしてこのゲームの案内をしてくれるとか?」

「うーん、そうしたいのは山々だったんだけど、どーーーーーしても外せないミーティングがあってね。そこで」


 心の底から口惜しそうなレイはゆっくりとリンドウへ向き直る。

 何となく嫌な予感を覚えてリンドウは踵を返すも、この場を離れようとしたところで、肩を掴んで引き留められた。


「このリンちゃんに色々と教えてもらってよ!」

「リンちゃんはやめてくださいと何度も……まさかレイさん、私を呼んだのって」

「そういうこと。私の妹をよろしくぅ」


 ぐっとサムズアップを向けてくるレイ。

 だからこの人は苦手なんだ、とリンドウは肩を落とすのだった。





――――――――――――――――――――――――――――――――――――


たくさんの小説から本作を見つけてくださりありがとうございます。

今日の内に6話ぶん投稿して、明日残りの6話を投稿します。

合計12話ほどで完結する予定ですが、続きを書きたい気持ちもあるので良ければ評価やフォローの方をなにとぞよろしくお願いします……!

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