ver2 初めての外、ザライレムの横顔

 あのあと布団から這い出た僕は自分が細胞群体であることを受け入れ、ヨツリ族の皆と会話を重ねた。僕はエルイムと呼ばれることになっていて、僕もそれを認めた。会話を重ねて、僕は重要なことを知った。


 まずひとつ。


 彼らはこの星には宇宙巡航艦で来たという。この星そのものの文明は既に滅んでいるそうだ。


 ふたつめ。


 この星全体が『イルフ10』と暫定的に呼ばれる遺跡そのものであって、ヨツリ族は当分この遺跡を探索する予定だそうだ。イルフ10は風化が著しく、ほぼデータが得られていない状態にあるという。


 僕がいた建物は、彼らの言う宇宙巡航艦だということが分かった。散歩がてら外に出ることを許された僕が外に出て海に着水している宇宙巡航艦を見上げると、そこには遠くにそびえ立つ山と同じくらいの大きさの宇宙巡航艦があった。よく見てみると、船体から数多の筒が飛び出ている。


「船から飛び出ている筒は何だ? ザライレム」


「あれね。機銃に副砲に主砲……とにかく、敵をやっつける為の武装ね」


「敵? ヨツリ族に敵がいるのか?」


「そうよ。といってもヨツリ族の敵というわけではなくて……、宇宙には機械の獣とか粘液浸体とか色々な危険があるの。宇宙に飛び出るとそういう存在に襲われるからあれで撃退しているの」


 改めて空を見上げる。青空にうっすらと『壁』が見える。


「様々な危険、か。それらの出処とかは分かるのか?」


 ザライレムが首を横に振る。その顔には、未知に対する困惑が含まれていた。


「謎。鹵獲とかはしてるんだけどね、それでもまだわかってないことが多い」


「そうか……」


 改めて空を見上げる。蝋色の『壁』に何だか見つめ返されるような奇妙な感覚に陥る。


「『壁』、関係あるのかな」


壁については出る前にザライレムから説明と質問を受けた。ヨツリ族が発生した頃には既にあったらしい『壁』は、人工物の見た目をしていてまるで宇宙の一方面を蓋するように拡がり、その四方の果ては観測不能だという。あるいは果てがないのかもしれない。ザライレムに『壁』についての知識があるかと問われて、僕は首を横に振った。


「『壁』と関係があるかどうかは分かっていません。しかしただの無関係ではないでしょう。……エルイム、どうしました?」


 何故だろう。『壁』を見上げていると、心が引き込まれそうになる。『壁』の謎を解き明かし、正体を知りたい。ーーーそして、


「『壁』の向こう側に行きたい」


僕の目標は決まった。『壁』はワープ技術でも辿り着けないほど遥か彼方にあるそうだ。だが、僕はもう決めたのだ、越えてみせると。


「……それはヨツリ族なら誰もが夢に見て、そして夢破れる理想です。しかしまあ、あなたには悪くないかもしれませんね」




 散歩を続ける。後ろにはザライレムが監視の名目でついてきている。ふと、自分の足元に目がいく。積り重なっている土の下は遺跡なのだ。


「なあザライレム。遺跡……『イルフ10』ってどういうところだったんですか? 調査の成果どうでしたか?」


 ザライレムが眉をしかめて首を横に振る。


「まだほとんど何にも分かってない」


 意外だった。『イルフ10』は明らかに発展した宇宙航行文明の産物だ。ならばどこかしらにデータが残っていてもおかしくない。そのことをザライレムに投げかけてみると、再度首を横に振られた。


「それが、不自然なくらいに残ってないのよ。そう、まるで何者かが意図的に抹消したかのように。……イルフ10はね、本とか石碑、機械のデータだけが無くなってる訳じゃないの。エンジン機関やエネルギー伝達機構、といった機関もごっそり消えて無くなってる。だからこそ、私たちは奥まで潜って何かを見つけなきゃならないの」


「ーーー成る程、奇妙な遺跡だな」


「ちょっと? エルイムくんもその遺跡から生まれた存在なんですけど?」


「あっ、確かに」


 その後もザライレムと楽しく雑談を重ねながら散歩を続けた。




 その日の夜。僕はザライレムに連れられて宇宙展望室に来た。天井が半球の宇宙用強化ガラスで蓋されたその部屋は、天井のガラスに仕込まれた展望拡大画像投写機能で宇宙の観測可能な範囲全てを細かく見ることができるのだった。


「ヨツリ族は昔、空に空想の絵を描いて星で絵を結びました。これを星絵といいます。星絵は宇宙に進出した今や、宇宙船が今どのあたりにあるか知る手がかりになっているのです」


 ザライレムの説明をよそに僕は星空を眺める。天井に手をかざして景色を拡大し、どこまでも広がる星々の雲をじっと眺める。




ーーーん?




「……これは、”壊れた創造の柱”か?」


 僕の目に止まったある風景。それは新しき星の誕生に照らされた、かつて柱のように聳えていたはずの破壊された星雲だった。




……かつて? かつてって何だ?


「”壊れた創造の柱”? あなた……まさか旧文明の知識が……」


 ザライレムが、今まさに僕が思っていたことを代弁する。明らかに、僕には旧世界の知識がある。だが、思い出せない。”壊れた創造の柱”だって、ソレを見るまでは思い出せていなかった。旧世界が滅んだ理由も、旧世界の人々はどんな姿をしていたかさえも、思い出せない。分からない。掌が震える。腹の奥が冷えるような思いがする。


「……ザライレム。教えてくれて、僕は何なんだ……?」


「私にだって分からないわよ。 あなたは培養槽の中にいた人造人間ってことぐらいしか……」


 ザライレムの僕を見る表情が険しくなっている。多分、僕はもっと曇った顔をしているに違いない。


「”壊れた創造の柱”を見るまでは、あれの存在なんて知らなかったんだ。思い出せていなかったんだ。今もそう。”壊れた創造の柱”以外の知識がまだ分からないんだ……!!」


「エル……イム……」


 ザライレムが黙りこくって、何かを考えるように唇に指を当てる。ザライレムがその場を半周歩き回ったのち、ひとつの仮説を口にする。


「ーーーもしかして、貴方は記憶喪失ではないのかしら?」


「……記憶喪失?」


「そう。貴方は記憶喪失なの。なら、古代文明である”旧世界”の情報に触れていけば思い出せることもあるかもしれないわ」


「ーーーそうか。……正直、記憶のひとかけらを思い出したばかりで実感はわかないが、ザライレムが言うならそうなのだろう」


 ーーーと同時に疑問が生まれる。旧世界では、僕はどんな存在だったのか? 僕はどんなことをしてどこに暮らしていて、なにを思っていたのだろう?


ーーーヨツリ族は僕を細胞群体って呼ぶけれども、僕は旧世界で確かに生きて暮らしていたヒトだったのかもしれない。


「君は世界を渡り歩いて新しいものに触れるたびにきっと旧世界の記憶を思い出す。ーーー頭の中にいつしか埋もれた記憶が飛び出てくるんだ」


「……ザライレム。僕は知りたい。僕は旧世界ではどんな人だったのかな?」


「それを知るためにも、まずは一緒に頑張ろ」








 ジーーーーッ。


 奇妙な駆動音を立てて、壁に括り付けられた銀色の球体から溢れる湯のシャワーを浴びる。止め処なく流れる湯滴の幾何学的な分岐は僕を一層不安に駆り立て、お湯の中だと言うのに落ち着くことはできなかった。


 ザライレムは先ほどの会話で得られた要素を艦長に報告しに行った。僕は旧世界にとってどんな存在だったのだろうか。旧世界にまつわる記憶を全部取り戻した暁には僕はどうなってしまうのか?


 お湯の中でも落ち着けなくてそそくさとシャワー室を出たところで、ザライレムとばったり会う。


「やほ、エルイム。気持ちはどう?」


「最悪だ。……正直、旧世界と向き合うのが少し怖いかもしれない」


「……でも、記憶を思い出していないうちは気にしなくていいと思うな」


「かもしれない。ーーーザライレムの顔を見たら心の靄が吹っ飛んだ。ありがとう、僕はしばらくは迷わずに進んでみるよ」


 途端にザライレムの顔が赤くなって視線が逸らされる。しまった、僕も”ザライレムの顔を見たら”なんて恥ずかしい言葉を口にしてしまった。


「……あ、私、いちおう性別は女なんだから気にしてよね。エルイムは細胞群体で性別がないとはいえ、ね……!」


 そそくさとザライレムが廊下の曲がり角に消えてゆく。僕は己の失敗を恥じて、割り当てられた個室の布団に顔を埋める。






「本日はエルイム氏を加えて再びイルフ10遺跡の探索に出る。ーーー我々の目的は、かつて宇宙を漂う生態系艦だったと思われるイルフ10が再稼働可能かどうか調査する点にある。みな、3次元地図のデータは端末に入れたか?」


 禿げた隊長が高く呼びかける。調査隊員が皆バギーに乗り込む中、僕はザライレムの隣に座って彼女の運転を見守ることとなった。


「……エルイム、そんなにじっと見ないでよ。手元が狂っちゃうじゃん」


「済まない。バギーがどう運転するものか、知りたかっただけだ」


 お互いの間に微妙な空気が流れる中、調査隊のバギーたちは遺跡内部へと潜り込んでいく。


「ここで一旦止まろう」


 隊長が停止した地点は、まさしく僕が目覚めた培養槽の部屋の前だった。真っ暗な部屋が超強力のランタンで昼間のように明るくなる。


「エルイム、あなたはこの槽の中に入ってたんだよ」


 ザライレムに言われて槽の中に踏み込んでみる。槽を満たしていたらしい緑色の液体がまだガラスに付着している。槽の底には旧世界言語で『エルイム』と刻印されてあった。


「何か思い出しそう?」


「いや……」


 培養槽の部屋の端末やパイプなど、ひと通り見回してみるものの記憶が蘇るような気配はない。


「ごめん、この部屋についての記憶は戻ってないみたい」


「そうね。でもエルイムが培養槽に入っていた場所でもあるのよ、ここは」


 ーーー彼女の言葉にハッとして、培養槽の部屋を再び見渡す。錆びたパイプに苔の付着した壁。空っぽな槽が立ち並ぶ中で緑色の液体がこびり付いた、わが故郷。


「そうか。言われりゃそうだよな」


 この槽の中に僕はいた。それを思うと、心に染み入るものがある。


 3次元地図に自分の生まれた場所をマーキングして、僕はザライレムのバギーに乗り込む。


「もう少し居てもいいのよ」


「調査隊を足止めさせちゃ悪い。それに、いつでも来れるんだし」


「それもそうね」


 僕の生まれた部屋が遠ざかり、僕たちのバギーは未知に向かってゆく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る