第十七話 交差する記憶
地下鉄のトンネルのような長い通路。 どこまでも無機質で、天井の蛍光灯がジジジ……と不快な音を立てる。
沢渡廉は、メールに記されていた住所── かつての**「天穂福祉センター跡地」**に足を踏み入れていた。
センターは10年前に閉鎖され、今は再開発計画のために立ち入り禁止となっている。 だが、封鎖された鉄柵の一部が、誰かの手でこじ開けられていた。
彼はそこをくぐり抜け、かつての自分の“記憶の起点”に戻ってきた。
階段を降りるたびに、記憶が蘇る。 廊下の匂い。鉄製の扉の冷たさ。 すりガラス越しに見た夕陽の色。
だが、その中に──見たことのない光景が混ざっていた。
それは、自分が他者の視点で見た記憶。 甲斐真知の泣き顔。 瀬川洸一の震える手。 由依が机の下で呟いていた言葉。
「……見ないで……誰も、見ないで……」
それらはすべて、**“Kの視点”から記録された映像”**のようだった。
彼はある扉の前で足を止めた。
金属製のプレートが、うっすら読める。
【観察室-K】
扉を開くと、埃の積もった部屋があった。 小さなテーブルと、壁に貼られた大量の写真。 そのすべてに、“一人の子ども”の姿が写っていた──
だが、その顔はすべて塗りつぶされていた。
部屋の中央に、ノートが置かれていた。 表紙には、何も書かれていない。 開くと、一行目にこうあった。
「この記録は、すべての“記憶”と接続されている」
ページをめくるたびに、自分の名前が何度も登場する。 だが、そこには自分が“他者として描かれている”記録があった。
「沢渡廉は、誰かの観察対象だった。 だが同時に、彼は観察者の代理だった。 つまり、彼の目は“記録する目”を宿していた。 だから彼は、誰よりも曖昧で、誰よりも透明だった」
沢渡の頭に、かつての映像が蘇る。 赤堀翔太が告白したあの言葉。
「お前が記録を始めたとき、俺は怖くなった」
──そうか。 俺は、もう始めていたのか。
ノートの最後のページには、奇妙な図形が描かれていた。 五角形。 中央に“K”。 その周囲に、4人の名前。
だが、五つ目の角には、こう書かれていた。
「君の記憶が完成したとき、記録は閉じる」
「記録は、記録者の死によって終わる」
「それを“君”が望むなら」
その瞬間、彼の脳裏にすべての断片が一つに繋がった。
・なぜ自分が生き残ったのか。 ・なぜ記憶が曖昧なのか。 ・なぜ皆が“K”の存在を忘れたのか。 ・なぜ誰も“記録者”だと名乗らなかったのか。
答えは、すべて同じだった。
「K」は、観察された存在でも、観察する者でもない。 “観察されていたことを観察している者”。 その存在そのものが、記録の完成を拒む“異物”だった。
──そして、それが「自分」だったのだ。
部屋の奥に、鏡があった。
沢渡は、静かにその前に立つ。
鏡に映った自分。 その背後に、フードをかぶった“誰か”がいた。
その姿が、ようやく輪郭を帯びる。
それは、「かつての自分」だった。
(第十八話へ続く)
全二十話:乞うご期待!!
第一話 生き残った探偵
第二話 無人の探偵事務所
第三話 沈んだ窓
第四話 白い部屋
第五話 橋の下の微笑み
第六話 彼女の静けさ
第七話 あるインタビュー記録
第八話 記録という狂気
第九話 清められた姉
第十話 “あの部屋”へ
第十一話 沢渡、目覚める
第十二話 時雨のノート
第十三話 沈黙の密室
第十四話 もうひとりの声
第十五話 消された映像
第十六話 最後の告白
第十七話 交差する記憶
第十八話 祈りの花
第十九話 記録の果て
第二十話 すべてが繋がる日
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