第十五話 消された映像
「……一部、復元できました」
技術班の若い隊員が、そう告げたのは深夜3時を回った頃だった。
民宿「しらかば庵」から押収された焼損ハードディスク。 表面はほとんど焦げ、ファイルの多くは破損していたが、奇跡的に1本の映像データが再生可能な状態で残っていた。
ファイル名は《record_final.mov》。 日付は2025年1月13日、深夜1時11分。 ──つまり、**沢渡が目覚めた“2分前”**の映像。
再生ボタンを押すと、画面が静かに揺れた。 カメラは固定され、薄暗い室内を映している。 囲炉裏の灰、散らかった紙片、かすかに揺れるカーテン。
無音。
しばらく何も起こらない。 30秒が経過。 1分。
そのとき、画面の端からひとりの人物がふらふらと現れた。
瀬川洸一だった。
彼はカメラの前に立ち、笑っていた。 そして、こちらに手を振った。
だが──その直後、映像がノイズに包まれる。
ビリビリという音、白い走査線。 数秒の混乱の後、画面が戻る。
そこには、まったく別の人物が立っていた。
年齢不詳、性別不詳。 ロングコートに身を包み、顔はフードに隠れている。 カメラに向かって、じっと何かを囁いている。
音声は乱れ、何を言っているのか聞き取れない。
だが、口の動きを読み取った技術者が、震える声で呟いた。
「……“見ている者が記録される”……って、言ってる……?」
映像は再びノイズ。 今度は、画面に五角形の図形が浮かび上がった。 中心に「K」。 周囲に5つの名前。
だが、最後の一角だけ、空白だった。 何者かの手が、その空白にペンを走らせる。
そして──文字が浮かぶ。
「君」
時雨善哉は、再生を止めた。 誰も声を出せなかった。
「……この映像は“記録”じゃない。 “再演”だ。しかも、観ている我々さえも巻き込んでいる」
静かに言った時雨の顔には、かつて見たことのない緊張が浮かんでいた。
「これは、“記録の構図”の完成じゃない。 観察の外にいた者が、記録に入り込もうとしている」
その夜。 沢渡廉は、夢の中で鏡を見ていた。 だが、鏡には“自分ではない誰か”が映っていた。
フードを被った人物が、鏡の中で囁く。
──君は、どちらだった? ──記録する者? ──記録された者? ──それとも……
──記録から“消された者”?
沢渡は目を覚ました。 手のひらに、黒いインクの染みがついていた。 触れていないはずの、あの五角形の図形と同じかたちをしていた。
「……誰が、俺を記録してる?」
言葉は、誰にも届かなかった。
(第十六話へ続く)
全二十話:乞うご期待!!
第一話 生き残った探偵
第二話 無人の探偵事務所
第三話 沈んだ窓
第四話 白い部屋
第五話 橋の下の微笑み
第六話 彼女の静けさ
第七話 あるインタビュー記録
第八話 記録という狂気
第九話 清められた姉
第十話 “あの部屋”へ
第十一話 沢渡、目覚める
第十二話 時雨のノート
第十三話 沈黙の密室
第十四話 もうひとりの声
第十五話 消された映像
第十六話 最後の告白
第十七話 交差する記憶
第十八話 祈りの花
第十九話 記録の果て
第二十話 すべてが繋がる日
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