第6話
グレイヤがダリア家の家庭教師として雇われてから十四日目の夜。部屋に戻ってきたグレイヤは机の上に置かれた手紙を手に取った。その手紙は師匠であるレスティアからのものだった。
数日前、グレイヤはロチュスの件について一通の手紙をレスティアに送っていた。たとえ頼もしい師匠とは言えないが、一応弟子を育てた経験がある。ならばアドバイスを仰ぐ方がまだしも建設的だと判断したのだった。
グレイヤはベッドの上で手紙の封を切り便箋を取り出した。レスティアの殴り書きした字で、たった一行だけ書かれていた。
『外に出てみたら? いわゆる「屋外授業」ってやつ』
「屋外授業?」
グレイヤは一瞬ふむと声を漏らしながら考え込んだ。悪くはないかもしれない。閉ざされた部屋よりも、広く開けた外の方が集中しやすいだろう。
「じゃあ明日は屋外授業で決まり」
師匠のアドバイスに採り入れるグレイヤであった。そうして明日の授業内容を決めたグレイヤは、そのままふかふかのベッドに身を投げた。
「気持ちいぃ」
やはりお金持ちの家のベッドは格が違う。グレイヤの家のベッドとは比べ物にならない柔らかさに、全人が優しく包み込まれるような感触。その心地よさが、今までの疲れを全部溶けていった。
グレイヤはその安らかさにそのまま眠りの底へと沈んでいった。
******
翌日、家庭教師として雇われてから十五日目。
グレイヤはいつも通り授業のためにロチュスの部屋へと向かった。ドアの前に立つと、例によってメイドがすぐにドアを開けてくれた。
しかし今日はどういうわけかグレイヤが部屋に入らず、じっと立ち尽くしていた。突如の行動にメイドも、部屋の中にいたロチュスも困惑した顔でグレイヤを見つめる。
「先生? どうして中に入らないんですか」
「出て」
「はい?」
「外に出て。今日は外で授業する」
「「・・・えええぇぇぇっ?!」」
驚愕の声ははロチュスだけじゃなくメイドのものも混ざっていた。
「ち知識の魔女様、いきなり外に出るなんて、困ります。勝手にお嬢様を外に連れ出すと」
「ワタシノ授業方式に口出すな」
「で、でも」
メイドの顔には困惑の色が浮かんでいた。だがグレイヤはそれを無視してロチュしに向かって言った。
「早く出て」
「・・・本気ですか」
「うん」
「やったぁぁぁああ!」
ロチュスは歓喜の叫びと共に部屋から飛び出してきた。困り果てた顔のメイドを通り過ぎて彼女らは屋敷の外へ向かった。
「先生! 今日は何をしますか」
「いつものあれ」
浮かれたのかロチュスの声がいつもよりハイトーンだった。そしてグレイヤはいつものように落ち着いた声だった。
「いつものあれとは、魔力を感じる訓練のことですか」
「うん」
「わかりました。今すぐやってみます」
そう言って、ロチュスはすぐ近くの座りやすそうな場所に正座し、そっと目を閉じた。頬を掠める優しい風、そよぐ草の音、それらがロチュスの集中力をさらに高めてくれた。
「・・・・・・」
「どう? なんか感じた」
「・・・・・・いえ、何も」
「やっぱり」
場所を変えただけでどうにかなるとは、もとより思っていなかった。
ーーでもまだ十分も経ってないから、もう少し様子を見てみるか
「じゃあ何か感じらら言って」
「はい」
ロチュスは明るく返事して、また目を閉じた。グレイヤは隣に静かに座り、黙ってその様子を見守っていた。
そうしてしばらくの時が流れた。そろそろ時間だろう、と思ったグレイヤは胸元から懐中時計を取り出し時刻を確認する。授業の終わりまで、あと受分ほど残った。屋敷に戻る時間も考慮すると、そろそろ切り上げるべきだった。
グレイヤは目を閉じているロチュスの肩を軽く叩いた。するとロチュスがゆっくりと顔を向けた。
「今日の授業はここまで、もう戻ろう」
グレイヤが立ち上がった。その瞬間、ロチュスがグレイヤの手を掴んだ。
「その、先生」
「なに」
グレイヤはじっとロチュスを見下ろした。
「そそれが」
ロチュスはなかなか言い出せず、もじもじと視線を泳がせていた。グレイヤはそういうロチュスを急がさず、ただ静かに待っていた。
「そ、それが・・・えっと、もし・・・もしよければ、明日も・・・明日も屋外授業、していただけませんか」
ロチュスは目をぎゅっと閉じ、勇気を振り絞って口を開いた。
「じ実はわたし、久しぶりに外へ出てとても楽しかったんです。頭もスッキリしたし気がしますし、癒された気もして・・・無理なお願いとは存じますが、でも明日も、明日も屋外授業をしていただけませんか」
「いいよ」
グレイヤはロチュスを見下ろしながら、無表情で答えた。その答えに、ロチュスは信じられないというように目を見開いた。
「明日も屋外授業してやる」
「ほ、ほんとですか!?」
「うん」
「ありがとうございます!」
ロチュスの感謝の言葉に、グレイヤは何も言わずに小さくうなずいた。
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