とある女子中学生の図書館奇譚

拓田(たくた) しろう

第1話 プロローグ

 その図書館には、奇妙なうわさがあった。

 

 ■■■


 月の光も差し込まない図書館の中、深い暗闇が廊下を覆っていた。

 

「……ハァ……ハァ……ハッ……」

 

 逃げ続けてどれくらいが経つだろう。

 呼吸を繰り返して喉奥が張り付きそう。途中で何度も咳き込みながらも、できる限り足音を立てずに館内中の廊下を走った。


「……ハァ……ハァ……アッ!……ハァハァハァ!」


 足が重い。息が切れる。肺が潰れそうに痛い。

 視界の悪い状態では満足に走り回ることも難しい。方向転換する度に手や膝を壁にぶつける。

 先ほども勢い余って強かに鼻を打ち付けた。鼻血が垂れる感覚を覚えたが、壁にぶつかった痛みより、今は大きな音を立ててしまったことに恐怖する。

 

 ————ペタ、ペタ、ペタ。


 ヒッと息が漏れたのが自覚できた。

 情けない声が漏れたことを自覚して、惨めな気分になって瞼が熱くなった。そんな状態だろうと走るしかない。


 今夜は茹だるような熱帯夜。いつもだったら自室でクーラーを利かせながらアイスでも頬張っているはずなのに、今の私ときたら深夜の図書館で一人閉じ込められている。

  

「なんで、こんな目に……!」

 

 走りながら悪態をつく。

 こんなことを言ってもまるで意味がない。だというのに腹の内から沸きだす言葉を止められなかった。


 ————ペタ、ペタ、ペタ。

 

 悪態をつくことすら許されず、背後に迫るものから逃げ続ける。

 人のモノとも動物のモノとも違う足音。その足音がどんどん近づいてくる。


 逃げ続けているが、限界が近い。

 鼻血が止まらず呼吸もままならない。足が重くて引きずるようにしか動かせない。

 それでも壁に手を当てながら廊下を曲がったところ、そこは行き止まりだった。

 

「……うそ」


 ——頭の中が真っ白になる。その場に座りこんでしまいたかった。

 白濁とした思考の中、足音がハッキリと、私の真後ろにきたことを直感した。


 ——そして、私はその正体を双眸に収めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る