第13話 光る足跡
「とりあえずカナリアが飛んでいった方向に進みましょう」
そっちには有毒ガスなどは発生してないとカナリアの勘を信じよう。
黒乙女はあたしの裾を掴んでぴったりとくっついてくる。
「ちょっとそんなにくっついたら歩きにくいって……」
「誰が磁石よ」
「いや言ってないし」
「ならあなたがN極ね」
「どっちでもいいわ!」
あたしはそう言われて思い出したわけではないがポケットから方位磁石を取りだして確認する。小学生の頃に習ったと思うが、方位磁石のN極が北を指すのは地球自体が巨大な磁場となっているからだ。北極がS極にあたるため方位磁石のN極は引かれて北を向くというわけである。
しかし、あたしの所持していたコンパスの針はぐるぐると回り、まるで機能していなかった。
それを黒乙女は背後からのぞき見る。
「まったく、これだから安物は……」
「いや、今朝はちゃんと動いたんだけどな……」
赤い針は正確な方角を指していたはずである。
なので、たぶんこの男体山の磁場が乱れているんだろう。
「うふふ。まるで富士の樹海ね」
「なんで嬉しそうなの?」
「あなたと一生迷って骨になるのも悪くないわ」
「最悪すぎるんですけどぉ!」
とそのとき、ズンとあたしは何かを踏み抜いた感触があった。
そして脳内に警報が鳴り響く。次の瞬間、なんと前方からロープに吊られた大斧の刃がフルスイングしてきたではないか。
「黒乙女、あぶない!」
あたしは身を翻しながら背後の黒乙女を突き飛ばした。
大斧は暗闇を一閃。直後、ザクッと繊維質を断ち切る音があたしの下半身に響いた。激しい痛みとともにツゥーッと生温かいものが脚を伝う。かすり傷なんていう生やさしいものではない。おびただしい量の血が流れている。おそらく右足の大動脈が切れてしまったのだ。当然、歩くどころか立ちあがることもままならない。
「そんな……なんで、どうしてよ」
突き飛ばされた黒乙女は状況を把握してそんなことを言った。
「勝手に何をしているのよ、あなた! いじめっ子に復讐するいい機会だったじゃない!」
「勝手に体が動いちゃったんだからしょうがないでしょ」
勢いをなくしてユラユラと宙ぶらりんになった大斧をあたしは見つめる。
「それに先に約束を破ったのはあたしだし。黒乙女のことを忘れていたのも事実だし」
「そんなことは今はどうでもいいわ。あなたの家庭があれから大変だったのは知っているもの。わたくしの子供じみたワガママに過ぎないんだもの」
黒乙女は泣き崩れた。
「ごめんなさい……酷いことして。反省しているわ」
「あはは。もういいって」
自分が傷つけられたからって他人を傷つけていい理由にはならない。
人を治したからって他人を傷つけていい理由にはならないように。
それでも傷つけ合って角が取れて、いつかあたしたちは丸くなっていくんだと思う。
赤ん坊が膝を抱くように、まーるく。そしてまた歩きだす。
あたしは血の足りない頭で思い出す。
「でもさ、もしもあの日の約束を守ってたら……あたしたち親友になれたのかな?」
「それは……」
黒乙女は珍しく言葉を詰まらせた。
「あはは……言わない約束ってやつだった?」
約束を破ったのはあたしのほうなのだから。
「ごめん。忘れて」
あたしがそう言うと不意に遠くから『かごめかごめ』が聞こえてくる。
おそらくカナリアが歌っているのだろう。
よあけのばんに ツルとカメがすべった
そういう意味ではあたしは夢と現実のつるかめ算を間違ったのだ。
夢を見てしまった。
金に目が眩んで。
誰に頼まれたわけでもないのに何やってんだろ、あたし。
家族の顔が浮かぶ。
お留守番をしているレン、スズ、入院中のお父さん、そして今は亡きお母さん。
本当に大切なものを見失っていた。すぐそばにあったのに。
これ以上、大切なものを失いたくはない。
だからあたしは突き放すように言う。
「あたしのことは置いていって」
「なに言ってんのよ」
黒乙女はそう言って自らのゴスロリスカートを引き裂いて手頃な当て布を作る。それをあたしの太ももにきつく巻いた。黒乙女の腕力で上質な生地のスカートが破けるわけがないので、おそらく止血用の布が作れる仕様の衣類なのだろう。
それから問答無用であたしに肩を貸す黒乙女。
「絶対にあなたのことは死なせない。黒乙女家の名にかけて」
「あんた……」
あたしは出血の止まらない足を引きずりながら坑道を進む。時間感覚が麻痺して寒いのか暑いのかも感じなくなり、自分が今どこを歩いているのかもわからなくなった。
まさにそのとき、あたしが顔を上げると、突如発光する獣が現れた。まるでかぐや姫のような輝きである。しかしその有蹄類っぽい後ろ姿はすぐさま坑道の奥に消えていった。
「まさかこんなところに深海生物ってわけじゃないわよね」
黒乙女はぼやくと、その先の坑道には光る足跡が続いていた。
芋づる式に嫌な記憶が蘇る。この足跡をあたしが追ったせいでロクは落とし穴に落ちたのだ。
それを加味した上で追うべきか、否か……。
「行くわよ」
しかし黒乙女は力強く言った。
「光る足跡の正体を突き止めて屋敷のペットにしてあげるわ」
相変わらずズレたことを言いながら黒乙女は光る足跡を追跡する。
あたしはもう判断する気力もなくただ黒乙女に付き従うのみである。
しかし、まさかいじめっ子に肩を預ける日がくると夢にも思わなかった。
人生とはとかくわからないものだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます