第27話:#沈む足音、裂けていく朝

窓辺の“曇った硝子越しに、まだ色を持たない朝の通り。


レイスは安宿の窓辺で、ぼんやりと通りを見下ろしていた。


ヨミと自分は、旅の途中から別々の宿舎に身を寄せている。


理由は、冒険者の宿には癖の強い連中が多く、


ヨミが静かに休める環境を優先したためだ。


「さて、そろそろ集まる時間か……」


今日も、ザラの研究室で朝の情報交換をする約束だ。


レイスは軽く身支度を整え、賑わい始めた路地へと出た。


****


一方その頃、ヨミが泊まる小さな宿舎では、主人の老婆が朝食の支度をしていた。


やがて、レイスはヨミの宿舎を訪れた。


厨房から漂う香ばしいパンの匂い。

奥で忙しく動き回る老婆に声をかけた。


「おはよう、ばあさん。ヨミ、まだいる?」


「ヨミちゃんなら、朝早くに出て行ったよ。

“先にザラさんのところに行ってますね”ってメモを残していったから、

てっきりあなたと一緒にいるのかと思ったけど……」


「……誰かと一緒じゃなく、一人で?」


「ええ、見かけたのはひとりだったよ。

細い体で、大きな鞄を抱えてね。

まだ空も薄暗い時間だったよ」


レイスは礼を言い、宿舎を出る。

だが、胸騒ぎは消えなかった。


(……本当に、ヨミは無事にザラの研究室まで行けたんだろうか)


しかし、その姿を見た者は誰もいなかった――


********


ザラの研究室に、レイスが到着する。


「おはよう……あれ、ヨミは?」


ザラが手帳をめくりながら、


「まだ来ていないわ。連絡もなし。少し遅れているだけならいいけれど」


「いや、ヨミなら遅刻はしないタイプだろ。


朝も、こっちの宿舎には来なかった。


向こうの主人に聞いたら、もう出かけたって」


「……どこかで寄り道でも?」


ザラは首を振る。


「この状況じゃ、楽観視できない」


ふたりは手早く情報を突き合わせ、街の要所を当たることにする。


レイスは足早にヨミの宿舎を再度訪ねた。


主人の老婆から「“朝イチで出かけていった”だけで、それ以降は見ていない」と告げられる。


「……まさか」


胸騒ぎが拭えない。


*******


やがて、ザラの研究室に戻ったふたり。

一度座って呼吸を整えたのも束の間、不意に扉が強くノックされた。


レイスが警戒しながら扉を開けると、

外にはフードを深くかぶった若い男が立っていた。

彼は一言も発さず、封のされた手紙をレイスに差し出す。


「……ザラ=メルセデスさん宛です」


低く抑えた声でそうだけ告げると、男はすぐ踵を返し、人混みの中へ消えていった。


レイスが手紙を持って戻ると、

ザラは無言でそれを受け取り、慎重に封を切る。

静かな緊張が、ふたりの間に広がっていた。


手紙には、硬い筆跡でこう記されていた――


「墓所の封印を解除せよ。

応じなければ、お前たちの仲間――ヨミの命はない。

あるいは、お前自身の命を捧げて封印を解いても構わない。

墓所の財宝は用意されている。

返答は日没までに。

PS:親愛なるレイスちゃんに愛を込めて」


レイスのこぶしが、静かに震えていた。


「――ふざけんな……霊圧の奴、遊びのつもりか?」


 


ザラは黙って霊圧からの手紙をしばらく見つめていた。

その筆致、言葉遣い――どこかに“揺らぎ”がある。


「……墓所の封印なんて、どうにでもなるとアイツは言っていたわね」


レイスが歯ぎしりする横で、ザラは小さく鼻で笑った。


「無理よ。あの霊圧、本体は封印の中。外部からできることなんて、せいぜい脅しの通信くらい」


「じゃあ、アイツの言ってた“どうにでもなる”って……」


「強がり。ブラフよ。

実際、私がこの封印を維持している間は、霊圧は自由に動けない。

それを自覚してるから、必死で私たちを脅してくる」


ザラは、指先で手紙の紙端を弾いた。


「――こういうときこそ、冷静に相手の“手”を読むの。

脅しは恐怖を煽るための古典的な手段。

封印が揺らげば、それは私自身の責任だと自覚しているわ」


街の朝は、依然として静かだった。

けれど、どこかで歯車が大きく狂い始めていた。

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