第9話 話し合ったこと

 不幸が降り掛かる。そんなのは嘘

 彼らを本気にさせるにはそう言うしかない、そう思ったから言っただけ。

 問題のふたりが、あのに応じた出来事をやらなくても、本当は何も問題はない。問題があるように演出しただけ

 それはつい先日までの真実で――


「あれをまことにしておいたぞ」

 空に浮く私に、さらに上空に浮いている神様がそう言った。

「…………え? あれを、とは?」

「ううむ、かんにぶいな。不幸が本当は降り掛からないというアレだよ、アレ」

「……え? それを真実に? 降り掛かるようにしたのですか!」

「うむ」

「なぜそんな!」

「あれが真実ではないと彼らが知ったあとで、気が抜けるやもしれぬ。そんな態度では、恐らくあの未来を防げぬ」

 そして神様は消えた。


 そんな事があったから、私は心配でしかなかった。

 世を救う前に、彼らに降り掛かるかもしれない。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 修学旅行が近付いていた。多実たみのそれはいつなのか。

 そう考えた部屋で、気付いた。

(やばいぞ、これ)

 一緒にいることができなければ、共にサイコロを振ることができない。当たり前だ。つまり一日一回しなければならないことができないから、不幸が降り掛かる……!

 約束の夜の散歩。

 その最中に気付いた問題について話し、

「いつ?」

 と僕がくと。

「あたしの今年のはもう終わってるから、チーちゃんのだけ考えればいいんだけど――でもあれだね、その場所に、あたし、行かないとダメだね」

「……うん……」

「どこ?」

 聞かれたけど、どこに決まったかはまだ知らされていない。しかも、僕は考え込んでしまっていて、口を閉ざしていた。

 しばらく無言で歩いていた。多実も隣を。

 そして思い付いた。

「いや、やっぱり冒険過ぎることはできないよ」

「え? え? じゃあ、どうするの?」

 多実は、わからないという顔を僕に向けた。それを夜の街灯が照らす。吸い込まれそうになる。

 ぐっと気持ちを飲み込んだ僕の頭には、考えが一つだけあった。人差し指を立て、その案を話した。

「え、大丈夫かな、本当にそれで」



 次の日。

 修学旅行の期間に、みんなと行動を共にできない――ということを、担任の先生(女性)に話した。

「危とくぅ? 大神山おおこやまくんのおばあさん、前にも危篤じゃなかった?」

「死にやすいたちでして」

「なにその質」

「とにかくそういうコトなんで。学校に来るのはいいですけど、修学旅行までは無理です」

 先生はそれを信じた。案外チョロいのかもしれない。少し心配だ。


 ――ということを、帰ってきて部屋に来た多実たみにも話すと。

「え、お婆さん、どうなの?」

 ベッドにふたり。座って話している。

「生きてるよ。ピンピンしてる」

「あ、そうなんだ……そういうことって前にもあったの?」

「そういうことって?」

「お婆さんが危篤って話したこと。それも嘘で」

「ああ、あったよ、その時もとっさの判断でだったんだけど、詳しく話すのが難しかったから」

「ふうん?……難しかった……っていうのは? それって……その、前にもっていうのはどういう状況だったの?」

 まあその質問も当然か。

「うち母子家庭だったでしょ、クソ親父からせまられてて、何かあった時にお母さんから連絡が来るようになってたんだよ、でも、学校休んでお母さんの実家に逃げるって時に、説明する時間が惜しくて、つい」

「そ、そうなんだ……」

「変な人にだまされたけどね。多実のお父さんと知り合えて、よかったよね」

「う、うん……」

 この話はもう終わり、少し話が逸れているから――

 と思い、僕から言ってみる。

「もうお母さんにこのことを話そう、もしもの時に協力してもらわないと、今もそうだよ」

 天使の仕業のこともだ。その意味を多実も理解しなければならない。その理解なく事を進める気は無かった。

 返事を待った。

「そ、そうだね、うん」

 だから、サイコロを振る前に、居間へと向かった。


 お母さんとお義父とうさんがそろった時に話した。話したら話したで――

「いやそんなまさか」

 ふたりは信じなかった。

(これじゃあいつかへい害が起こる。絶対に大事なサイコロ、振らなきゃいけないのに)

「そんな冗談も面白かったけど――」

 と、お母さんが言い出した。

(そんな。信じてくれないなんて)

 こちらがふたりしてこまっていると――

「信じてあげてくださいな」

 急に天使がパッと現れてそう言い、「では」と付け加えて一瞬で消えた。

 お母さんが、

「嘘でしょおおお! 何今の何今の」

 と、突然あわてた。

「あれが天使」

 と僕が言うと。

「そ、そ、そんなことになってたなんて! なんで言わないのよそんな面白いこと!」

「おもし……はぁ……ホントにね」少し笑っちゃうけど。「そんな反応とは思わないじゃん。信じてくれた?」

「う、うん。凄すぎるじゃない? 信じない訳ないじゃない」

「その」と言い始めたのはお義父さん。「天使はなんでそんなことをしたんだろう?」

 また現れないかな、と言いたげな顔をそこかしこに向けるお義父さん。

 対して多実たみが、

「さあ、わかんないよ。解んないから考えない。楽しんでるだけかもしれないし。そんなことよりさ――」

 と。

 ただ、お義父さんは、それでも、

「でも何か意味がありそうだよ」

 とさとすように言った。

「意味?」僕は首をひねった。「話さないから違うんじゃ。いや、話せない?……でも、悪い何かじゃない気がする……」

「うん、あたしも……」

「まあいいわ。だったら、当面の危険への対策しないとね」

 お母さんがそう言った。

 多実が『そんなことより』と言いたくなっていたのは、そのことだった。対策のために。修学旅行休み中のことについて。口裏合わせの話はついた――不幸にならないために。

 こんな風に信じてくれたけど、この事情を知る人を、これ以上増やさない方がいいのかもしれない。僕と多実は、そのことを、部屋に待ち合わせて話し合った。

 そしてついでに――いや、本題として――

 今日の分のサイコロを振る。

 そのために、多実と一緒に机の前に立った。

「よし」

 とサイコロを持った。その僕の手首を、多実がグンと一度だけ振った。

 コロコロ、コロコロ。

 そして。

「4」

 が出た。

『4:「好きだ」を互いに一回ずつ言う』

 うちのテレビよりも大きな天使のモニターが出現して、そう表示された。

 こういうのは悩んでしまう。軽い「好きだ」で済ませたくない僕が、もうここにいる。

「多実の……守ってくれたところ……必死に考えてくれてるところ、好きだなあ」

 そう言いつつも、何気ないことだという態度を示してみた。でもそれは難しい。落ち着かなくて首の横辺りをいた。

(多実も言わないと)

 と待っていると。

「チーちゃんは……その……守ってくれたね。ああいう所も……そうだし、その……見掛けはそんな風でも、やっぱり、嬉しいなあって……思わせてくれる……のは、好きだなあ」

 多実が目を合わせない。

(なんて言い方してんだ)

 と思ったその時、天使のモニターが消えた。

 僕の心には、火が灯った。人生の意味の火が。

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