第6話 その目に映ったもの

 多実たみは可愛い。それは美人だという意味だけではなく、性格もだ、割と明るくて、困っている人の味方をしそう。商店街で強引に何かに誘われそうだった時に助けてくれた――あの時のことは多分一生忘れない。いいやつだ。

(だったら……僕のことは? 僕はどう映ってる?)


 マンション、自宅の三〇二号室に帰り着くと、荷物をひとまず部屋へ置きに行った。それから居間でくつろいでいると、そこへ多実たみが現れた。

 なんだか怒っている。そんな顔で――

「サイコロ、早く、振らなきゃでしょ」

「う、うん、どうしたの」

「……さあね」

 多実は意味深にそっぽを向いた。


 部屋へ行って机の前にふたりで立つ。そこで多実たみは、乱暴にサイコロを手に取り、

「ん」

 と差し出してきた。

(だから何なんだよ……)

「まあ振るけど」

 ふたりでだから、多実が持ったなら僕が振る。

 振ると、コロコロコロコロと机の上を転がり、止まった。

 あの天使のせいで、白や桃色の翼があしらわれたモニターが、すぐ後ろに出現した。

 どこに出たかをその時その時にいつも探す。

 振り向いた所にあるその70インチくらいの画面には、

『2:千影が多実の肩を揉む』

 と。

「じゃ、ほら、早く」

 多実はそう言ってベッドに座った。後ろに回る。

(なんで微妙に怒ってんだ)

 そんな多実の肩に手を置く。ねぎらう、その気持ちを込める。

「……何かあったの?」

 優しい声音を心掛けた。

 答えてもらえないかもしれない、そのパターンも考えたけど、とりあえず多実は、

「別に何でもない」

 それだけ言ってあとは無言で。

(何だよそれ。折角いたのに)

「何かあったんでしょ」

 それでも優しく問うと。

「チーちゃんが今日、楽しそうに女性と話してた。あたしのこと気にしてると思ってた。でも楽しそうだった。何? ここ数日こんなんで、あんな顔してて、あれはあたしにだけじゃなかったワケ? 話してくれればいいのに。サイテーな人のこと気にしてるあたしが馬鹿みたい」

「……は?」

 思わず、手を離してしまった。

(あれ? これって手を離していいのかな。モニターが消えてないけど)

「ちょっと!」

 多実たみは立ち上がってこちらを向いた。

「なに手を離してんのよ! あーもう最悪!」

 僕はベッドに膝立ち。さっき多実の後ろにいた姿勢のままほぼ腕も動かしてない。

「は? だから、なんでそんなに怒ってんの? さっきのも意味わかんないし」

「解んない!? ああそう!」

 そう言うと、多実は何かを鼻で笑った。多分僕を。ただ理由が解らない。

「あたしはさ、異性の誰とでも仲良くなんてのを、悪いなと思ってたのに、あんたは違う!」

「はあ!? 何を見てそう言ったんだよ」

 ベッドを挟んで立ち、こちらからも相応の態度。

「商店街! そもそもあたしの人生に、ポッと出で親の再婚で現れただけのくせに? あたしはそれでもいいと思ったのよ? なのに? こんな風に、付き合ってやってるだけだなんてサイテー!」

「だから何を見たんだって聞いてて――」

「女の人にデレデレしてたでしょ! すごく綺麗な人に! 気があるんでしょ、違うの!?」

「商店街で?」

「今日の帰り!」

「帰りぃ?」

 思い出してもしか浮かばない。



 その日は、帰りの商店街の真ん中をこちらへと飛んできた物があった。ハットだ。ぐるりとつばのある帽子。

 それを、飛び掛かって空中で受け止めた。我ながらナイスキャッチ。着地も無事。

 それはとても小さな女の子の帽子だった。小学生低学年か、幼稚園児くらいか。

「はい、これ」

 手渡すと、灰色のそれを、その子がかぶった。

「ありがとうおね……おにいちゃん?」

「んー? お姉さんでしょ?」

 そう言ったのは、その子のそばにいて手を引いていた若い女性。

「お兄さんでいいですよ」

 と僕が言うと。

「え!? 嘘でしょホントに? ヤダめちゃかわ!」

「……はは、ありがとうございます。じゃ、帽子、大事にしてね」

 僕は下に視線を移した。

 その女性の脚の横から、

「ん」

 とだけ返事が届いた。

 面白い経験だ。人助けができてよかった。

(汚れなくてよかったぁあの帽子)



 僕は思い返しながら。

「あの人の子供の帽子を拾って渡しただけだよ。デレデレした? う~ん……格好をめられて少し照れただけだよ、多分そこだな」

「え?」

 多実たみはあの現場を思い出しているようだった。どこかからただ見ていたらしい。

(話しかけてくりゃあいいのに。まあでも、衝撃で突っ立ってしまうことはあるか)

「じゃ、じゃああの視線は――」

「ああ~、えっと……帽子を大事にねって、あの子には言ったと思う」

「んえ? あの子?」

「ちっちゃい……女の子」

「はあ? 女の子? いた? そんな子」

 怪訝けげんな目で見てくる。

「……ああ! 足に隠れてたから。あの奥さんの」

「奥さん……?」

「僕がそんな人と恋愛しようとするワケないでしょ、でも、ま、知らなかったのなら?」

「そ……」

「見えてなかったんだね? あの子」

 言いながら、多実たみのすぐ横に寄り、ベッドに座った。ぽんぽんとそこをたたいて示しても、そこに多実は座りもしない。

 多実は話しもしない。

 そして顔を手でおおって、しゃがみ込んだ。

「いやあああ忘れて忘れて!」

「却下!」

 そんなこんなで、『気にしない気にしない』という気持ちを込めて、多実の肩をんだ。

 口論の時間を引くと、揉み始めから五分くらいが経っている。天使のモニターが消えた。やっぱり五分くらいらしい。多実が僕の肩を揉んだ時と同じと思っていい。

「離してもよかったんだね、手」

 と僕が言うと、

「よ、よかったね、変なことがなくて」

 多実がそう言った。後悔の念か気恥ずかしさでも含まれたような、そんな言い方。

変なことがなくて、よかったね」

「そ、そう……? てかあたしもチーちゃんに変なことがなくてよかったし」

 多実が顔をそむけた。

 みが込み上げる。なんでもしたくなってくる。多実が喜ぶことならなんでも。

(というかそれ、何の張り合いだよ)

 思うと、当たり前に、嬉しくなった。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「お前には出来事を見せておいた方がよさそうだな」

 神様が杖を振ると、私の目の前に、ある予知の映像が浮かび上がった。

 その映像が示したのは――

「な、なんてことが……これを、あのふたりが?」

 見た者にそう思わせるほど、重大な出来事だった。

「そうだ。あのふたりが心通じ、真実の愛で結ばれていれば……このようなことが起こる」

 次に映し出されたのは、奇跡だった。

「ならば……結べば……」

「ならぬ。真実の愛でなければならぬ。それすなわち、誰かが結んではならぬのだ、自然と、みずから気付き結ばれなければならぬ」

「私はこのことを――」

「言ってはならぬ、誰にもだ」

「これは、いつ――」

 それは、遠い未来ではなかった。

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