第2話 まあいいや

 僕は私服校に通っている。

 その高校でどんな対応をされるかと言うと、

「あ、可愛い子居るじゃん、あの子誘おうぜ」

「や、あれは男だから」

「マジかよ」

 という感じだ、今まさにそうされた、教室の片隅で弁当を食べるこちらに届く声で。

 何にかはわからないけど、誘うのをやめたらしい。

 それはまだいい、僕に用がないならそれでいいからだ。

 そしてまた届いた。

「あんな格好しなきゃいいのにな」

「な」

 勝手に何かをはかられた。そんな時はこう思ってしまう。

(僕はお前じゃない)


 夕方、うちのマンションの三〇二号室に帰ってきた。そこが家。

 義妹いもうとの帰りを待った。

 多実たみは多実で、割と急いで帰ってきたらしい。少し息が荒い。

「じゃあやるよ」

 サイコロ。

 天使が細工したそれを、降らなければ不幸が降り掛かる。

 昨夜、出目に応じてやることを書いた表を書き直そうとしたが、なぜか鉛筆やシャープペンシルの芯も、油性ペンも、ボールペンのインクも、全てが乗らない、全てが弾かれる。これもあの天使の細工なんだろう。結局どうやっても書き換えられなかった。

 今この部屋は僕と多実のふたりだけ。

 そこに、急にあの天使が現れた。

「あ! なんてことしてくれ――」

「今後はふたりで振ってね」

 そう言うと天使は消えた。本当に自分勝手だ。

(そもそもあいつは何なんだ。なぜかロックオンされた。人の人生を楽しみやがって。人の人生を玩具おもちゃにするな。テレビドラマでも見てろ。人の人生をテレビドラマにするな、するなら許可を取れっての、ったく。僕なら許可を出さないけどな!)

 イライラしながら、机の上に放置されていたサイコロを手に取った。

「ふたりでってどうやるんだ」

「じゃあ、あたしが腕をつかんで振る」

 急に掴まれて振られた。

 すると、部屋の壁に、急に、ピンク色の枠の、70インチくらいのモニターが現れた。しかも天使の翼があしらわれている。

(昨日は出なかった。豪華にしていくつもりか?)

 サイコロが机の上を転がって止まる。4が出た。

 すると天使のモニターとでも呼ばれそうなその画面に、『4:「好きだ」を互いに一回ずつ言う』と表示された。

「度胸があるとこというか、とっさの行動力があるところ、好きだよ」

 僕がそう言うと、多実は驚いたようだった。

(すぐ言ったからかな。でも本心だけど。さっきのには驚いたし)

「今日中に多実も僕に言わないと、不幸が降り掛かる」

わかってる」

 そして間を置くと、多実は。

「好きだって言うだけでいいのかな、心込めてなくても。これも言ったことになる?」

「あー……」

 どうなんだろうと僕が思ったところで、天使が現れた。

「そこは心を込めて!」

「映画監督か!」

 天使は消えた。

(いつも言い逃げだ。何なんだ)

「じゃ、じゃあ……」

 と、多実が間を溜めた。待ってみる。と――

「ふっ、さっきみたいなツッコミを入れられるとこ、好きだな」

 くすくすと笑われた。

(笑いになったんなら何よりだよ)

 天使のモニター……と僕は勝手に呼ぶことにしたけど、それが消えた。どうやら今のでよかったらしい。

「よし、じゃあまた明日」

 ふう、と一息きながら、サイコロを所定の位置、机の隅に戻した。椅子から見て右奥に。

(この調子ならやっていけそう)

「あ、漫画あるじゃん、読ませて」

「いいけど」

(たまには僕も読むか)


 ふたり並んで読んでいる。ベッドにふたりがうつぶせで――

 この部屋の扉は開いたままだったらしく、廊下から見えたようで。

「今日はサイコロ振ったの~?」

 と母。

「振ったよ。それに毎日振る」とは僕が。

「ふうん? あらそうなの~? あらあらそうなのね~」

(絶対にお母さんは何か勘違いしている。天使のことを説明しても、信じてもらえるかどうか。だけど)

 横を見て、

(まあいいや)

 と、今日は思った。

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