さよなら世界。今救いに行くね

九州太郎

第1話 葛藤

 なぜ異世界転生の作品は人気なのだろうか。

 剣や魔法が好きたから。別の世界に憧れているから。女の子にちやほやされたいから。

 大学二年の春休み最終日。部屋の中でライトノベルを読んでいると、ふとそんな疑問が浮かんできた。

 俺──小笠原璃久は神奈川県の大学通う平凡な大学生。

 二か月以上もあった春休みはあっという間に終わり、明日から三年生になる。

 今俺は漠然とした不安を抱いている。三年生にもなるという事で、親や友人と自分の進路について聞かれることが多くなった。俺はどうしたいのだろう。そんなことを悩む日々が続いていた。

 そんな中、気分転換に昔読んでいたイトノベルに手を伸ばす。

 なぜだろう。いままで楽しく読んでいた内容が楽しめない。何なら嫌悪感さえ抱く。

 主人公の設定が嫌いなのだろうか。

 大抵の主人公がニートやひきこもりで、別世界に行った途端に活躍し、女の子たちにちやほやさる内容。

 現実を観なければいけない年になってしまった自分が嫌になり、その本をベットに放り投げた。


三年初登校日。

 新宿駅小田急線のホームで、俺は朝から無性にイライラしていた。

 (なんで毎週のように人身事故で電車が止まるんだよ……)

思わず舌打ちしそうになる。

 ホームからの飛び込みで運転見込みが立たない状況だ。

 俺は埼玉県から新宿を経由し神奈川県にある大学に通っているため、通学に一時間半を擁する。そんな中、遅延が発生してしまうと授業開始に間に合うのが困難になってしまうのだ。

 それなのに電車は毎日のように遅延、運転見合わせを繰り返す。新宿駅は常に人であふれているが、今日は押し潰されるのではないかという勢いだ。

 溜息をして怒りをあらわにするサラーリマン。誰かに遅刻の報告をしているもの。

 すまし顔でスマホをずっと眺めている者。

 俺はこの朝の空気が大嫌いだ。

 みんな怖い顔をして、時間に追われている感覚。 

 外れて何処かに遊びに行ってしまいたい。

 ふと昨日読んでいたライトノベルの内容を思い出す。

 男子高校生が交通事故で亡くなり、異世界で今まで分まで人生を謳歌するというよくある設定。

 みんな現実に救いを求めているから異世界転生作品は人気なんだ。

 そんな風に思えてくる。

 毎日のように起こる人身事故。生きていく上で悩みを抱えないほうが難しい。誰しも悩みを抱えている。仕事関係の悩み。人間関係の悩み。容姿に対しての悩み。そんな世界から救いを求めている。

 もちろんフィクフョンとして皆楽しんでいるのだろうけど。

 どうでもいいと分かっているのにこんなことばかり考えてしまう。将来への不安と、通学のストレスで滅入っているのかも。

 それからはぼーっとホームの広告を眺めながら電車が到着する時を待った。


『久しぶり! 小笠原だよね?』

 学校帰りの電車。下北沢駅で乗車してきた女性が突然少し驚いた表情で声をかけてきた。

真っ赤に染まった髪色のセミロングに大きめなバンドTシャツを着ている。下北沢にたくさんいそうな服装。そして背中に大きなカバンを背負っている。

 知り合いだろうか。

女性の友達なんて数える程度しかいない自分の記憶をたどってもピンとこない。

『どこかで会いましたっけ?』

『ひどーー。小中学校一条だよ。一条凛音。覚えてない?』

『えっ?』

 今の姿と自分の記憶の中の姿との差に驚き小さく声をあげてしまった。

 自分の記憶をもう一度辿る。一条凛音とう名前は憶えている。あまり関わりがあったわけではないが、真面目で優等生のような子だったような気がする。

 だが、今目の前にいるのはいかにもバンドマンとか古着がすきそうな派手な女性。

『なんか変わったね。全然気づかなかった』

『そうかな? 髪型は結構派手かもね』

 彼女は朗らかにそう答えた。

 確かに髪型も変わっていたが。声のトーン、話し方、表情などが明るくなった気がする。

『今何してるの?』

『だらだら大学生してるよ。そっちは?』

『私も大学生してよ』

何の変哲もない会話。

 先ほどから気になっていた事を聞いてみる。

『背中に背負ってるのってギター? 音楽やってるかんじ?』

『そうそう!! バンド活動してて、今さっき下北沢で練習してなんだ。興味ある?』

『いや、あんまり。俺には向いてなさそうだし』

 大学生なりたての頃、バンドマンに憧れてギターを購入したがすぐに飽きてしまった。

 俺は長続きしたためしがない。小学校の頃はサッカー、水泳、書道、ピアノといろいろな習い事をしては辞めていた。

 そんなに逃げ癖がつているんだと思う。

『そんなことないよ! 誰だって最初は初心者なんだから』

 今の彼女はどこか輝いていて、自信にあふれているように見えた。

 彼女はどんな進路を持っているのかとても気になった。

『俺たちもう3年だよね。就活の事とか考えなきゃいけないく嫌になるよ。一条は進路どうするの?』

『私はバンド活動続けて行こうと思ってるんだ。そのために毎日練習して、だから就活する予定ないの。』

 思いもよらぬ返答に困惑した。就職しない?音楽で食べていく?夢?

「へぇ、、、」

力のこもっていない言葉が出る。

『それって嫌なことから逃げたいだけじゃないの?』

口からすっとそのような心無い言葉が出てしまった。

自分が今そうだから。嫌なことをやめて抜け出したいから。現実を観なければいけない歳だから。

『そうだよね……』

『ごめん。そんなつもりなくて』

車窓を眺めながら彼女は答えた

『うんん。いいの。親にも考え直せってよく言われるし。それが正しいんだと思う』

なんと声をかけていいのかわからず長い沈黙が続いた。

 自分は何の目標もなく、ただただ過ぎてゆく日々を生きているだけなのに。彼女の夢を否定する資格なんてないくせに。なぜ、このような気持ちになるのだろう。

その後会話はなく、新宿駅で別れることに。

立ち去る彼女の背中は、どこか寂しげだった。


一日学校に行っただけなのに足が鉛のように重い。自堕落な生活を春休み二か月間送っていた付けが回ってきた。

今すぐベットにダイブして寝てしまいたい。

 春休み中、数日程度なら風呂に入らなくとも気にならなかったが、明日はまた大学だ。

 重い腰お上げお風呂場に向かう。

 お風呂場の鏡に映る自分の顔はいつもより老けているように見えた。

 今日の反省を目の前にいる自分に聞いてみたりした。


 風呂から上がり、夜ご飯を食べくつろぎの時間になったのに、俺の心は穏やかじゃない。

 自分の失言の記憶が蘇る。

(彼女について知りもしないのにあの発言はよくないだろ……)

 体から変な汗が流れ出ている気がする。

 考えないことを止めることに。

 彼女につて知りたい。

 そう思った俺はスマホで彼女について検索を始めた。

 バンド名は聞いていないが、特徴を入力すれば該当するかもしれない。


 スマホと睨めっこを始めて三十分後、探していたものを見つけることが出来た。

 彼女のバンド名はリンカネーションというらしい。女子大生四人バンド。四人とも派手な髪色をしている。

 動画配信サイトで公開しているようなので聞いてみることにした。

 

 夜中の十二時を回り、俺は横になり目を瞑った。

 あれから二時間近く彼女のいつくかの曲を聞いていた。

 しかし、正直よくわからなかった。プロの演奏や曲しか聞いたことがないので、つまらない感想しか出てこない。

 音楽に出会った喜びや、今後に対しての考えなどが歌われていた。素人ながら人気が出るとは微塵も思わなかった。

 俺は無性にムカついてる。

 その時気づいた。自分では何もせずに、人生だらだら生きてきただけの人間。そして、現実を観なければいけない年齢になった俺。焦っているのだ。

 何もないからこそ。彼女に無性に腹が立ったの。

 人生の目標があり計画があるそんな人間が嫌いなのだ。

 こんな自分がいやだ。何かに挑戦しようとしている人を否定したい。

情けなくて涙が出そうだ。

 涙が頬を伝う。今夜は眠れそうにない。


「おい、寝るな」

 隣の男から突かれ目を覚ます。 

 翌月、俺は公務員予備校に通っていた。

 何か始めなければいけないと悩み、友達の誘いで公務員を目指すことにしていた。

 特にやりたいことをなく安定を求める自分には合っているような気がした。

 午前は大学、夕方は予備校に通う日々。


「疲れてんのか?」

 講義後、大学の友達の智也がヘラヘラしながら聞いてくる。

「そうかも」

 そんなわけがない。

 バイトもせずにただ学生でいるだけの分際でそんな疲れるわけはない。

 智也は予備校代をバイトをしながら賄っている。

 最初は新しい目標ができて嬉しかった。人に誇れる目標への勉強。これをやり切れば自分を変えられれような気がした。

 変わりたいのに変われない。

 小さい頃から逃げて逃げて楽な方に進んできた。

 家庭が少し裕福なのをいいことに高校も大学も私立に推薦で入った。

 何も変わってない。何かを成し遂げようとしている人間を否定し、何もしない。

 変わりたい。変わりたいのに。


 それからも大学生活をダラダラと送り夏休みに入ってしまった。

 周りに合わせて数日のインターンシップに参加するくらいしか予定はない。

 

 昼間に起き、誰もいないリビングでニュースを見ていたら目を疑うニュースが飛び込んできた。

 昨日、東京で起きた無差別殺人の被害者欄に同級生の名前があったので。

 一条凛音

 数ヶ月前に会ったのももう忘れかけている。少し前まで存在していた彼女が、この世にいないという事が非現実的なように感じた。


 死後の世界はあるのだろうか。

 彼女にあの時の発言について謝りたいと考えていた。なのにもういない。

 夢を追いかけていた彼女は別の世界で楽しく暮らしているのだろうか。

 そんなことばかり考えてしまう。

 別の世界があるなら行ってみたい。

 現実逃避したい人の世界ではなく、生きたかった人が行くべき世界なのかもしれない。

 

 別世界があると夢見て、できるだけ生きてみよう。

 その時、誰かが助けを求めていたら助けられる存在になりたい。

 その時が来たら

 さよなら世界。今救いに行くね。

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