第25話 ラーメンの香りにつられ走り出す

 朝ごはんを食べ終え、臨時的な拠点として過ごした豆腐建築を壊し、私達はひたすらエスタコアトル伯爵領の方を目指して進んでいる。

 時には魔物が見えるけれど、クロードが率先して弓矢で駆除してくれるので私が戦うこともない。

 ……本当は戦いたいのだけれど。


「……あれ? この匂いって朝ごはんにマリーヴィア先輩が食べていたラーメンと似ていません?」

「……まさかアレがあるのか!? 麺屋ひじりが!」

「マイロス、まだわかりませんよ。麺屋聖かどうかはあの町に寄らない事には確かめられないのですから」

「だけどよぉ、この匂い、確かに麺屋聖のラーメンだ。俺はあの町に行くぞ! 良いよな聖女様!」

「えっ、あたし!? 行っていいんじゃないかな? ど、どうなんですか? マリーヴィア先輩!」


 シオミセイラに判断を委ねられる。

 王都で対して買い物ができなかった以上、この町で色々と買っても良さそうね。


「そうですね。食料が心許ないのでこの町で色々と買いましょうか。ヘイヴル、魔物貨幣はどれくらいありますか?」

「そりゃあもうたんまりと。食料は100日分は買えると思うよ」

「そんなには買いませんよ。缶詰の鮮度も落ちますし……」


 食料を買う余裕はあるみたいね。

 とは言っても8人分、この先の長旅も考えると結構買い込まないといけなさそうね。


「魔物、貨幣? ってどういうものですか?」

「その名の通り魔物が落とす貨幣ですよ」

「……魔物がお金なんて落としましたっけ?」

「魔物貨幣は変わった特性を持っていまして、魔物貨幣を持っている状態で魔物を倒すと落とすはずの魔物貨幣が個人個人で持っている魔物貨幣に勝手に引き寄せられるんです」

「じゃあ、その魔物貨幣はどうやったら手に入るの? あたしもお小遣い欲しい!」

「聖女様が自力で魔物と戦えるようになるか、光の加護の魔術を使えるようになったら、ですね。それまでは渡せません」

「なんで!? あたし16歳だよ!」

「とは言っても聖女様は目立ちます。買い物は僕達にお任せください」

「そんな……、マリーヴィア先輩は自分で買い物したことありますよね!?」

「ありますが……、聖女の騎士が見ている前での買い物ですね。こっそり何かを買うのは難しいかと」


 聖女の騎士の理解を得ていればこっそり何かを買うことができる。

 ……例えば私が持っている双剣、とか。


「絶対なんか良さそうな物が売ってるのに買えないの〜!?」

「買えません。僕達聖女の騎士が良さげな物を見繕いますので我慢をしてください」

「異世界の買い物……」


 とは言っても旅に役に立たないものが売っていたりベッドのマットレスが売っていたりすることもあるから変な物を買わされて処理に困る、なんて事態も起こりそうだから今のところは見学をさせるだけで良さそうよね。

 ……持ち歩きに困るものを持っても困るだけだもの。


 今回は見学だけにしておきましょう。


「まあ、行こうぜ! 麺屋聖が俺を待っている!」

「マイロス! 私が先ですよ!」

「待ってください! 麺屋聖は私も行きます!」

「えっ、そんなに大人気なんですか!? 麺屋ヒジリってやつ!?」

「4代前の聖女様、コムギ様が作られた店ですからね。どこに行っても人気ですよ」

「聖女の名誉ってこと?」

「とりあえず、聖女様行きましょう」

「あたしとオズワルド殿下以外は朝ごはんにラーメン食べたじゃん!!」


 そんなツッコミは無視をして私とマイロスとクロードは麺屋聖と思わしきラーメン屋を目指して草道を駆け抜ける。

 半熟卵、必ず食べてみせるわ!









 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇









 …………。


「か、開店前かよ〜」

「待ちましょう! 私待てます!」

「いえ、さすがにお店にご迷惑ですし止めましょう」


 麺屋聖は本物の麺屋聖だった。

 こんなところにあるのはどうしてかと思うけれど、暖簾分けか何かでこの町に出店しているのだろう。

 開店まで待ちたがるマイロスとクロードをなんとか宥めないと。

 さすがに街行く人達の目がきつい。

 私の目が黄色いから聖女だということはバレバレだし……。

 でも麺屋聖の出来立てラーメンは食べたいのよね。


「その銀髪……、もしかして聖女マリーヴィア様ですか?」

「私がマリーヴィアで合っています。麺屋聖の方、開店準備で忙しいと思いますので準備の方に専念してくださって構いませんよ」

「いえ、聖女様でしたら是非入ってください。お付きの方は聖女の騎士の方ですよね?」

「そうだな! 俺はマイロスだ!」

「私はクロードです」

「マイロス様にクロード様……、御名前は聞いております。是非当店に!」


 ……これはどうも開店準備中の店に入ってしまうことになりそうね。

 一番最初に食べるロマンは感じなくはないけれど、良いのかしら?

 灰髪の店主は店の扉を堂々と開いて私達を招く。

 これはもう入るしかないわね。









 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇









 店に漂う濃いラーメンスープの匂い。

 朝にも食べたというのにお腹が空いてくる。

 缶詰のラーメンは量が少ないからこうなっているだけで私は決して食いしん坊ではないとは思うけれど、この匂いには屈するわね……。


 麺屋聖は4代前の聖女、コムギ様が当時の聖女の騎士達に麺の作り方やスープの作り方、様々なトッピングの作り方を伝授してできた歴史の長いラーメン屋さんだ。

 ただ、約240年もの時が立つと色々と変わっていくもので、うどん屋を営むもの、パスタ屋を営む者も現れている。


 巡礼の旅でそれらの店にも寄ったので食べたことはあるけれど、聖女コムギ様はうどん作りもパスタ作りもできる方だったようで、味がとても良かったのを覚えている。


 店作りに関してはそれぞれの流れがあるけれど、ここは聖女コムギ様の筆頭騎士、アルドレス様の影響が濃そうな店だ。

 赤色と黒色が多く内装に使われており、無骨な内装をしている。


 さて、私達にはラーメンが出されるわけだけれど……。

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