私をハブで良くないですか!?〜JK聖女がいれば私は不要ですよねっ!?〜
アルカロイ・ドーフ
第1話 今宵、全てが変わる時
偽りの聖女たる私、マリーヴィア=フォン=アストヴァルテはただ立ち尽くして儀式の進捗を見守るのみ。
儀式を執り行いし者、ムウ=エデントールはただ王宮に敷かれた巨大な正方形の赤い絨毯に熱心に黒い魔力インクで召喚陣を刻む。
──儀式が終わるまで、しばらくの時がかかりそうね。
私は独り、過去に思いを馳せることにした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
私、マリーヴィア=フォン=アストヴァルテはアストヴァルテ伯爵家に光の魔力を持って産まれた子どもである。
光の魔力……、この国、ヘンデルヴァニア王国にとって最も重要な力を持つ魔力。
なぜ光の魔力が重要な力を持っているか、それはヘンデルヴァニア王国は光の魔力の結界によって闇の魔力を持つ魔族からの侵攻を阻止しているからだ。
ヘンデルヴァニア王国では闇の魔力というものは酷く忌避されているもので、闇の魔力の象徴とされる紫色の瞳を持って生まれた子はどんなに幼くあろうと即死刑となってしまう程、恐れている。
そんなヘンデルヴァニア王国で、光の魔力の象徴とされる金色の瞳を持って産まれた子どもは私が産まれるまで存在しなかった。
そう、私、マリーヴィア=フォン=アストヴァルテという存在は
──次の聖女召喚の儀まで、後15年だというのにも関わらず。
そしてその聖女召喚の儀は今執り行われているわけだが……、まだ陣が描き終わっていない。
もう少し、これから私が失うもののことを考えていよう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
これから私が失うもの、まずは婚約者。
──聖女の婚約者はこの国の次代を継ぐ王子である。
なんて決まり事があるからだ。
この決まり事は私の推測ではあるが、光の魔力を持って生まれた子を王家で囲うために作られたものではないかと思われる。
そうでなければわざわざぽっと出の馬の骨を囲う必要はないはずだ。
──現実の結果としては、ただ黒髪の子どもが生まれているだけで大した効果はないのだが。
これから私の元婚約者となるこの国の第一王子、オズワルド=レコストル=ヘンデルヴァニアは聖女の血筋の象徴たる黒髪を一纏めにしている。
その表情は無であることから内心は伺えない。
……この国、ヘンデルヴァニア王国では日本と違い黒神を地毛とする者は聖女の血筋を濃く引く王家の者しかいない。
聖女の召喚が行われるのは60年ごとであるから、今の王家で最も黒い髪をしている者はオズ、……いえ、オズワルド殿下くらいだろう。
……日本という国、私の前世として生きた人間の名前、
世界が変われば常識も変わる、当たり前の事ではあるが忘れがちなことである。
ちなみに今生の私、マリーヴィア=フォン=アストヴァルテはほとんど真白である銀髪をしている。
白髪ではないかと私は驚いていたが、この世界では普通に存在する髪色であった。
今は亡き祖母、エルフィリア=ゾディアルテ=アストヴァルテがその髪色をしていたから私はそういうものであると受け入れたものだ。
事実、巡礼の旅の最中、私と同じような白髪をしている人々がいるのは確認している。
その他にも、桃色、緑色、赤色、水色、青色、といったように日本でも、前世の地球でもありえないような髪色をしている人達を多く見かけた。
他にも前世の海外の国の人の髪色でよくあった、茶色や金髪の人も多く存在している。
この世界の人々の髪色はとにかく色とりどりなのだ。
唯一つ、聖女の象徴たる黒髪は王家が占有しているようなものだが。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
……さて、今宵遅くから始まっているこの聖女召喚の儀式はいつ始まるのやら。
描かれている召喚陣を見れば後少しで完成しそうだ。
物思いに耽らず、聖女が召喚される時を見守ろう。
……できればこのようなことが起こらなければ良かったのだけれど。
前聖女の正装たる黒襟のセーラー服の袖を静かに握る。
異世界から人を、子どもを連れてきてまで聖結界を維持させるべきなのだろうか?
──聖結界、ヘンデルヴァニア王国の外側、魔界と呼ばれる魔族が暮らす場所とヘンデルヴァニア王国を隔てる結界のことだ。
ヘンデルヴァニア王国では初代聖女が降臨した約300年前から聖結界で魔界からの影響を最小限のものにしている。
その結界がなければこの国は呆気なく魔界の魔族に滅ぼされると言われており、この国の人々は聖結界の維持を酷く望んでいるのだ。
──聖女が現れなくなれば、聖結界というものは儚く壊れてしまうというのに。
「皆様お待たせいたしました。これにて召喚陣は完成です。後は詠唱を行うだけで、奇跡の時が訪れますよ。……ですが、危険ですのでこの召喚陣には近づかぬよう。真の聖女の住まう世界は我々の住む世界とは異なる理で動いているもの。詠唱中に触れてしまえば瞬く間にその体は塵となるでしょう」
「ムウ=エデントール! 聖女召喚の儀を始めよ!」
ムウ=エデントールの話が長過ぎたのか、陛下が急かす。
召喚陣が描き上がった以上、聖女召喚の儀を始めても良いものね。
「陛下の御意志のままに。それでは」
「…………」
ムウ=エデントールの霧なき日の草原のごとく澄んだ黄緑色をした瞳がこちらに向けられる。
敵意を感じられることから偽りの聖女はここで終わりだ、とでも言いたげね。
その視線はすぐに召喚陣に向けられた。
──聖女召喚の儀が始まる。
「真なる光を携えし尊き乙女よ、碧き星の天が昇りし国より来たれ! ここに満ちる魔力と共に生まれよ! ムウ=エデントールが命じる! 我が魔力よ! 真なる聖女を呼び覚ましたまえ!」
召喚陣から眩い光が放たれる。
その光は光の魔力を持つ私でも圧倒されてしまう、そんなものだった。
──呼ばれてしまうのね、
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