09

「宰相、お前んとこの兄妹は仲が悪いのか?」

面白そうに口を歪ませる国王に、宰相は、おそらくですが、と話し始めた。


「今回のこの茶番、皆それぞれに思惑があったと思いますが、サイモンとアレクシアにもそれぞれ本当の目的があったのです。

サイモンの目的は、妹をオーギュスト殿下の婚約者から引きずり下ろすこと。そしてアレクシアの目的は、兄を公の場で叩き潰すことです。オーギュスト殿下と男爵令嬢がどうなろうと端から二人にはどうでもよかったのです」


オーギュストとヒロナが驚いてサイモンを振り返る。

サイモンは無表情のまま、オーギュストたちの方は一切見ない。


「サイモンとアレクシアには、公爵家の子女として幼い頃から教育をしてきました。最近は、経験を積ませるために実務を問題に出してやらせています。

例えば、領内の橋を修繕してほしいという陳情に対して、お前たちならどう対応するか別々に考えて計画書を作って出せ、とかですね」


「それで?」

国王が興味深そうに話を促す。


「結果はアレクシアの勝ちですね。


その橋は領都の中心部に架かっているので、そこに住んでいる領民も、領地を通り抜けるだけの商人も利用していて、いつも混雑しています。

街なかを通らない別の迂回ルートもあるのですが、そちらは道も悪く、なにより遠回りになるので、皆、中央の橋を通行したがります。


サイモンは、その橋の交通量が年々増加していることを調べ、橋は補修ではなく新たにより大きな橋に架け直すことを提案してきました。

そして、橋の劣化の一因になる重量のある大きな馬車からは通行料金を徴収し、支払いたくない人は迂回ルートを利用するような流れを作る、という案です。


一方、アレクシアは、橋は補修だけにして、迂回ルートの整備を提案してきました。

迂回ルートに宿泊施設や倉庫などを置き、商人たちの物流拠点として運用する案です。アレクシアはすでに、いくつかの商会に話を通していて、実現するのならその事業に参加したいとの打診も複数受けていました。

費用はサイモンの案よりかかりますが、複数の商会からの事業協力も見込めますし、なりより将来的なことを考えてアレクシアの案を採用しました」


「ほう」

国王は楽しそうに笑う。

「万事がそんな感じです。サイモンの案は悪くない。だが、アレクシアはいつもその上を行くのです。サイモンは学園では天才と呼ばれているようですが、実際は妹に一度も勝てたことのないコンプレックスの塊です。

将来、宰相や公爵になったとしても、王妃となる妹には一生頭を下げ続けなければならない。サイモンはそれが我慢できなかったんでしょう。

アレクシアは、そんなことは気にも留めていなかったのですが、喧嘩を売られたので全力で買うことにした、というところでしょうか」


宰相はオーギュストに向かって

「オーギュスト殿下、なんかごめんね。でも巻き込んだのは殿下の方だからお互い様だよね」

と片手をあげた。仮にも王子に対して軽すぎる謝罪だった。


「それだけじゃありません! アレクシアは自分が王太子妃になったら私を宰相候補から外すつもりだったのです!」

父である宰相の話に、サイモンが噛みついた。

「あらお兄様、気づいていたんですの?」

「アレクシア、サイモンを候補から外す理由は?」

「表向きは、ブラックバーン公爵家から王妃と宰相を同時に出すのは、国内のパワーバランス的によくないというものです。本当の理由は……」

アレクシアはそこで言葉を区切り、ちらりとサイモンを見て意地が悪そうに顔を歪める。


「お兄様はバカなんですもの」

「なっ……」


「この茶番でもわかっていただけたと思いますけど、お兄様は一つのことに夢中になると他のことが疎かになる傾向があります。そしてそんな性格は、国の宰相には向いておりません。

これでも血を分けた兄ですから、表向きの理由で、お兄様に恥をかかせることなく候補から外そうとしておりましたのよ。それなのにこんな茶番を計画するから」


サイモンは顔を真っ赤にして、両手を固く握りしめていた。

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