第3話 ロボット屋台
月の灯りと紙灯籠が揺れる海辺のナイトマーケット。
「とうとう、漢方ロボット屋台のお披露目だねぇ。これ、本当に楽しみにしていたんだよ。」
半袖のシャツの上に白衣を着た初老の大学教授が、嬉しそうに語る。
助手の木村海斗が、笑いながら答える。
「薬局ロボの試験から数えたら、もう、5年ですからね。長かったですよ。」
教授が答える。
「僕にとっては、AI漢方のアイデアを思いついてからずっとだから、10年以上だよ。いや、もっとかな。20年前に、香港で、小さなスタンドで漢方ドリンクを売っているのを見てね、それから、日本でやるんなら、ロボット屋台だな、と、ずっと思っていたんだ。」
「もう、その話、何回目ですか。耳タコですよ。あ、でも、そろそろ始動ですよ。」
潮の匂いと人の熱を帯びた通りに、屋台型ロボット RX Ver. 1.48宵桜(よいざくら) が点灯した。和紙行灯を思わせる銅色の胴体の中で、小型抽出ユニットが静かに蒸気を吐き、屋根にぶらさがるランタンが桃色に光る。
【LOG #001】2047-08-07 20:58
周辺温度34.6℃ 湿度71%
推奨メニュー:白虎湯Sparkle(冷)
アルバイトの 紫藤梨沙はエプロンを締め直し、試験管ほどのグラスを差し出した。宵桜は予め用意されていた石膏と知母のエキス、シロップ、炭酸水などを正確な比率で注ぎ、白くきらめく泡に薄い氷片を散らす。ほてりや熱中症の際に使われることがある、体温を下げる成分の含まれた冷えたソーダだ。飲めば、火照った体を一瞬で抜ける冷涼感。
旅系動画クリエイター 加瀬陽(24)が配信中のスマホを構えた。
「ロボが漢方ドリンク? 初めてみた!」
宵桜は陽の体表温度と呼気水分量を解析し、炭酸強度をわずかに下げた一杯を差し出す。甘さ控えめでスッと抜ける白虎湯スパークリング。陽がごくりと飲み、満面の笑みでカメラを向けた瞬間、コメント欄が“飲みたい”で埋まる。屋台前の行列はみるみる伸び、宵桜の抽出ユニットが忙しく湯気と泡を吐いた。
突然、ぱん、とブレーカーの弾ける乾いた音が響き、マーケット全体が闇に沈んだ。発電ユニットの過負荷による停電。ざわめきが走り、冷蔵ケースの灯も落ちる。組合長の懐中電灯が揺れる中、宵桜は蓄電池に切り替え、胸のランタンを最大光量にした。淡紅の光が闇を裂き、人々の足元を照らす。
【LOG #018】2047-08-07 23:12
event: 停電検知 → 温製白虎湯Mild
梨沙は鍋に石膏液と米湯を合わせ、蜂蜜をひと匙。宵桜が細やかな温度制御でグラスへ零こぼさず注ぐ。浴衣姿の子どもが震える手で受け取り、ほっと笑った。陽はカメラを掲げ、「停電でも動じない屋台ロボ!」と実況し、配信は爆発的に拡散。
灯りを失った通りを導いたのは、古ぼけた木札のランタン──かつて〈風薫る〉と刻まれていた看板を改造したものだった。
やがて電力が戻り、煌々と灯が甦る。片づけを終えた梨沙は、潮風の下で息をつく。
【LOG #027】2047-08-08 00:05
emotion tag: spark
note: <欠損 8byte>
紙灯籠が片づけられ、朝焼け前の空に一番星が瞬く。宵桜はログをバックアップし、胸のスクリーンに小さく表示する。
次の出店予定:潮干狩りフェスティバル
メニュー案 → 白虎湯Freeze
潮騒の向こうで灯りが消えたマーケットに…
―――
「はあ、このログをもとに、ラノベっぽい文章に起こさなくちゃいけないわけね。なんというか、リア充の若者が出てくる展開って苦手なんだよなぁ。」
ウェブライターの桜庭詩織(34)は背中を丸め、キーボードに触りながら、うつむいた。
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