第2話 ジョギバト

「これは戦争だ。盤上から出るのは敗北を意味する。」


ここは世界の片隅。宇宙の秩序を刻む神の代行者時計はIを示している。

漆黒のキャンバスには純白な数式の悪魔の亡霊が取り憑いているようだ。

だが、彼らの世界は今、机の上の狭き戦場に集約されていた。


彼らはみな、金貨という対価を支払って得た『樹脂の剣』と『名を刻む漆黒の刃』を握っていた。


己の剣を弾き、相手の陣地を越えて突き進み、敵の剣を斬り落とす。


勝敗を分けるのは力の加減、角度、そして何より、誇り。


そして、机の上に静かに並んだ四つの剣。

混沌に秩序を与える支配者定規。』

世界に秩序を刻む三角の刃三角定規。』

角度を操る円形の支配者分度器。』

森の中で響く、匠の矜持竹定規。』


戦士たちは己の武器を見つめる。削れた角、かすれた目盛り、折れた端――それは戦歴の証。


そしてついに、静寂が裂けた


パチン――。


最初の一撃。

空気が震える。

剣が盤上を駆け回った。


衝突、反発、落下、破砕。


戦場は瞬く間に混沌へと変わる。

敗北者が晩から落ちた自分の剣を掲げ、よく頑張ったな。と呟く。

1人…また1人と減っていく。

気づけば2人だけになっていた。


「……行くぞ」


机の端の剣の上に漆黒の名を刻む剣を添えると、彼は指先に神経を集中させた。


重力、摩擦、空気抵抗――

すべてを味方につける、完璧なる弾き方を求めて。


刹那、指が弾ける。

音すら生まれぬ静けさの中、それは風を切り、敵陣のど真ん中へと突き刺さる。


彼は誰にも負けない誇りというものがあった。

それは、その剣はたった1人の家族から譲り受けたものだったということだ。


森の中で響く、匠の矜持

その二つ名はまさにその剣にこそ相応しいものだった。


だからこそ彼は絶対に負けられなかった。


彼の剣は敵の剣と打つかり、弾け、またぶつかり…。

そして、時間は過ぎていった。


彼は夢中で刀を振い続けた。

『終わりの鐘』が鳴り響いたことすらも気づかずに。


白熱した試合の中、急にその時は来た。


「これで、終わらせる!」


彼はそう叫び、力一杯刀を振り翳した。

刹那、バキッと音が響いた。


彼の剣が折れてしまっていた。


戦士たちは、静かにその折れた剣を見つめていた。

沈黙。まるで、空間ごと時間が凍りついたかのようだった。


敵は何も言わなかった。ただ、ゆっくりと自らの剣を引いた。

勝者の証として振り上げることも、誇示することもせず——ただ、敬意を込めて、剣を置いた。


「……いい勝負だったな。」


それだけだった。

それだけで十分だった。

勝ち負けを超えた、戦場を共に駆けた者だけに許される言葉。


折れた剣を両手で拾い上げる彼の手は、震えていた。

悔しさか、誇りか、感情の名は分からない。ただ、その目は曇っていなかった。


机の上の武器たちは、静かにその役目を終えていた。

剥がれた目盛り、ひび割れた樹脂、折れた先端。

だが、それらは全て生きた証、戦った記録だった。


「また戦おう」と、誰かが言った。


その声に答えるように、戦士達にこの空間の神はこう告げた。


「お前ら後で生徒指導な。」


彼の世界は漆黒に包まれた。

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