胸の突っかかりに手を合わせて

第9話

 翌日、私たちは共同生活をする上での役割を決めた。キョウジ隊長は任務の後処理に追われることになるから、彼を除いた四人でこの一軒家の分担をすることになる。


 「あたし、料理作れないぞ。」


 そう一番に発言したリンネに続いてツキコも「私もこういう事は初めてで…ごめんなさい。」と断りを入れると、流れで料理担当は私とモモが分担をすることになった。


 「どうする〜?今日の献立?正直さぁ、献立を決めるのが大変なんだよね〜。」


 ぷく、と頬を膨らませるモモはレシピ本を眺めながら愚痴をこぼした。桃色の髪を揺蕩わせるその姿は、さながらファッション雑誌を読む年頃の少女のようだった。


「…親子丼はどうかな?」

 私は思いつきで言った。というのも私も献立を決める事に、いつも悩んでいたタイプだったからだ。


 決まらない日は自分の得意料理を作る!これが実家でも料理担当をしていた私の必殺技。あの時は三日連続なんてこともあったなぁ…。


「うん!いいね〜。トロトロの卵に絡む出汁で煮た鶏肉!副菜は適当に〜…」


モモは既に副菜のことを考えていたらしい。そっちの方はポンポンと候補を出してくる。私の家では聞いたことのない料理名も出てきているが、これも異文化交流なのだろうか。流石大財閥黒坂家のメイドだ。


「てことで、買い物担当のツキコちゃんと買い出し行ってくるんだけれどさ、昨日冷蔵庫みたら卵と牛乳と、お味噌とお米くらいしかなくて日用品とか〜他にも色々買わなきゃかも〜。……チカちゃんとリンネちゃんの手、借りてもいい?」


まるい目をキラキラさせながら私を見つめる。


なんだって!そうだったのか…!今日、モモが用意してくれた朝ごはんが目玉焼きと、味噌を塗って焼いたおにぎりに牛乳というなんだかアンバランスを感じるメニューだったのはこのことだったのか。


お茶が欲しいと考えていたがそもそも無かったなんて…。やはり朝は緑茶、これを飲まないと始まらない。


「すぐに行こう!」


既に緑茶を飲む事に頭を支配された私は、モモに一言伝えるとすぐさま掃除、洗濯で一息ついていたリンネを連れて玄関に向かった。


「私、初めて“すーぱー”に行くのでとても楽しみです。」


うふふ、とお上品に微笑むツキコは手に『キョウジ隊共同資金』が入った財布を握って、足取り軽く歩いている。


「色々買わなきゃだからね〜、チカちゃんとリンネちゃんに期待だ〜!」


「もやしみてぇな腕のお前らじゃ持って帰るのも大変だもんな。」


またも正直者な口が開く。


「あれ、そういえばモモからのちゃん呼びはもういいの?」


私は疑問に思ったことを隣で歩くリンネに聞いてみた。


「ああ、この間の………ニャン、だとかリンネっちに比べれたらまだマシだと思ってな…。」


…ああ、モモに負けたな。とくにリンネニャンは自分の名前すら言っていなかった。相当言いたくないらしい。間に躊躇いを感じる。


「あ、そういえば昨日の夜風呂入っとけ、ていったのに忘れてたろ。チカから朝シャンの匂いがする。」

スンスンと鼻を近づけられて匂いを嗅がれる。


「えへへ、あの後…寝ちゃって。」


寝落ちしたことは間違いではないのだから、この答えも間違いではないだろう。


えへへ、と誤魔化しの笑いが出た。さっきのツキコとは大違いの間抜けな声であった。


「ここが、“すーぱー”…!」 


直ぐに入りたくてたまらない、と言った感じで一歩踏み出したツキコを、モモが腕を組んで止める。


「待った待った!…じゃあ私とツキコちゃんが食品で、二人は日用品をお願いね!ツキコちゃんに必要な物はここに書いてあるから!あとでレジ前に集合してお会計ね〜!」


最後の言葉はツキコに引きずられながら言っていたが、私の手にはしっかりとモモに渡されたメモが握られていた。流石大財閥黒坂家のメイド、あの状況で指示はバッチリだ。


「なんか長くねぇか、このメモ。」


私の手にあるメモを見てリンネが呆れた顔になっている。よく見ると高級シャンプーから始まり、お高めのトイレットペーパーまでずらりと二十個は書いてあった。


「流石大財閥黒坂家のメイド、ちゃっかりしている…。」

二人でモモに渡された商品を確認しながらカゴに入れていく。


「リンネはキョウジ隊長と二人暮らししていた、て聞いたけれどこういう風に二人で買い物してたの?」


「最初の頃はな。でもおっさんも仕事で大変だから、段々と一人で買い物行ってた。あたしは料理すると直ぐに黒焦げになるから、いつも惣菜買って、米だけ炊いて一緒に食ってた。」


「でも特務部って夜中に任務終了になることもあるよね、この間みたいに。その時は、一人で食べるの?」


「いや、待ってた。…………別にあたしは寂しくねーけど、おっさんが一人で飯食うの寂しいだろ、どうせ。」


少し赤くなった耳が私には見えた気がする。気のせいだろうか。


「ふふ、仲良しだね!」


「……違げーよ。そう言うチカは、どうなんだよ。一緒に食ってたのか?」


「そうだね、士官学校時代はクラブや部活にはいらないで放課後になったら、スーパーに直行。ご飯作ってたらお母さんが帰ってくる時間になるから、一緒に作って妹弟達も一緒にご飯食べてたよ。」


「ふーん、…父親は?一緒に食わねーの?」


「…お父さんは、いないから。九年前に死んじゃって…。」


「っ!ごめん、あたしわざとじゃ…」


「ううん、いいの。隠すことじゃないし。」


そう、隠すことじゃない。お父さんが死んだのは事実なのだ。


「……そうか、隠すことじゃない、か。」


少し暗くなった雰囲気を変えたくて、私は少し大きめな声になって話題を変えた。


「…ところで今日のお昼は何を食べるでしょう〜!」


今だけはモモのような口調を真似してしまう。いや、もしかしたら彼女の口調は元々暗い雰囲気にさせないためなのだろうか…、自分で真似してみてそう思った。


「あ、ああ。…なんだろうな。豚カツ…か、焼きそばとか…、いや煮物?」


なんだろう、そのラインナップ。


「見事に全部茶色だね。」


「…全部おっさんの得意料理だ。仕事が休みの日は昼によく食べてた。」


嗚呼、キョウジ隊長ごめんなさい。私は心の中で少しの謝罪をした。


そこからも他愛の無い会話をしながら、モモから貰ったメモを元に商品をカゴに入れていった。

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