第7話
私たち間にはどんよりとした空気が流れる。心のどこかで人狼ほど強くても、私たちで捕獲できるという傲慢さがあったのかもしれない。
実際には3人が戦って、私はお荷物で…それでやったことは退治。しかし去るその時まで余力のあった人狼を見るに、『私たちに退治させてやった』という方が正しいのかもしれない。
「……………あたしはまだやれた!まだ戦えた!」
息を整えたリンネ沈黙を破った。だがそれには怒りが滲み出ている。きっとツキコが退治に舵を切った事、が気に食わないんだろう。あの時のリンネは体力消耗が激しいながらも、人狼に食ってかかっていたんだ。倒せると思いながら。
「…しょーがないでしょ?あのまま戦っていたら、リンネちゃん無事じゃなかったかもしれないよ〜?それに、全員人狼に敵わなかったんだよ。誰も、追い詰められなかった。」
困った顔をしたモモが優しく諭すも、聞く耳持たないリンネは更に反論する。
「あたしは弱くない!お前らと一緒にするなよ!あたしじゃ……!クソっ!!」
そんなことないよ、と私は言いたいけれど声に出せない。人狼の殺気が忘れられない。役立たずの自分が忘れられない。戦ってくれたみんなに対して、労いの言葉もかけられない。私はまるで空気だった。
「ごめんなさい。私が勝手に…。でもあのまま戦っていても、人狼を制圧できるとは思えなかったんです。人狼へ制圧ができなければ捕獲道具は使えません。………だから、私は。」
消え入る声がその場に木霊した。ツキコがあの時、精一杯魔術を使った事はわかっていた、だからこそ、それにリンネが口を開く事はなかった。魔術は表出する物体や範囲が大きければそれに比例して、魔術量も必要となる。学術書で学んだ魔術の基礎を思い出す。
薄暗がりの中茨のバリケードは、私たちに棘を向くように見える。まるで今の私たちの心の中を表しているみたいに。
私たちの所為?いや、私の所為だ…。私が戦えれば、せめて足を引っ張らなければどうにかなったんじゃないか。
いつまでもそんな考えが頭を離れなかった。
「おい、お前らどうした。」
路地の向こうに大男が歩いてくる。後ろには何かを引きずりながらズっズっと音をさせて。
「キョウジ隊長…」
街灯に照らされてわかったが、引きずっているのは捕獲道具で拘束された人狼であった。
たった一人で人狼を捕まえている…!
いくらキョウジ隊長が190cmの大男とはいえど、人狼はそれよりも巨大で筋肉量も違う。
どうやって、いやこれが隊長という経験の差なのか。四人で捕まえられない人狼を一人で捕まえてきた。それは私たちに束になっても敵わない事を暗に示している。
「なんだ?お前達のその暗い顔は?」
私たちの沈黙に気がついたキョウジ隊長が、今日一番優しい声をかける。
ああ、そうだこれはリンネに話している時の声だ。
『でもお前なら、大丈夫だよな。』
そう言った時のことを思い出す。あの時の私は考えが甘かった。化物を捕獲することがなんなのか分かっていなかった。これは死を意識する仕事なのだ。
「人狼と3人が交戦中、私は身を守れず戦闘の流れを……変えてしまいました。私は、……守られてばかりで。」
思わず涙が溢れる。声も震える。申し訳なくて、みんなの顔が見られなかった。
「違うよ〜。チカちゃんは頑張って逃げてたよ。人狼に近づかれたのは私のミス。銃も効かない、小刀も効かないで私も焦っちゃってた。怖かったよね、ごめんね。」
ち、違う!違うよ!
「捕獲ではなく、退治へと指示を出したのは私です。モモは私の命をこなしてくれた。私がっ、…私が他にもっと何か、できたんじゃないかと…皆さんにこんな思いをさせてしまって………」
そうじゃない!私が!
「……ごめん、チカ。あたし動けなかった。チカが人狼に屋根から吹き飛ばされるとき、怖くて…また、あたしが……あたしの所為で!」
やめて!違う!違うの!!
「そうか、…そうだなぁ。お前達は人狼に対して甘かった、そういうことか?」
キョウジ隊長がメガネをクイっと上げながら続ける。その顔は少し笑っていた。
「はっはっは!何言ってるんだ、今回の任務は花丸だろう?捕獲できなかったから失敗か?特務部は退治/捕獲だぞ。お前達はその退治ができたんだから良くやったよ。」
はっはっはと、また豪快な笑い声が私たちの傷ついた心を照らす。
「こんな狭い路地での戦闘で真夜中、その上に初任務で人狼、ここまで悪状況の中お前たちは退治ができた。ここの住民たちは退治ができなかったら被害に遭っていたかもしれない。今夜の恐怖から住民を救ったのは紛れもなくお前たちなんだ。」
「だから、泣くな。」
それはすごく優しい声で、更に大きな雫が頬を流れた。耳を澄ませると、三人も泣いていた。
悔しい。情けない。
でも、あの優しい言葉が嬉しかった。
「俺は隊長だからな。報告書もコイツも預けに行かないといけないんだ。ほら、帰るぞ。」
ズっズっと、キョウジ隊長は暗い路地を歩く。深夜三時、私たちは涙を拭いてそれに続いた。
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