第4話

少し和んだ空気の中、キョウジ隊長に一階へと呼ばれた私たちは一階の茶の間に入る。一階の茶の間は部屋の隅にテレビがあって、その目の前には大きい机があった。キョウジ隊長はその大きい机にこれまた大きい一枚の紙を置いて待っている。

 

これって…


 「北区の地図、ですか?」

 

「ああ。……今回人狼が現れると予想される場所を地図で確認する。予想地点は第一北区小森通り。街の外れにある通りで、西側は森に続いている。この通りには行き止まりの路地に続く道が多数あるから…恐らく、それのどこかに現れて民家を狙うはずだ。」

 キョウジ隊長が地図上の古森通りをトントンと、指で叩く。一人一人の顔を見て周知を確認すると、いきなり私に声をかけてきた。

「チカは非戦闘員だ、人狼を押さえつけるまでは近づかないように。」

「はっはい!」

 ええ、そりゃ近づきませんとも!戦えない私はみんなよりも後ろで待機!対象を押さえ込んだら捕獲道具で拘束!

 何度もシュミレーションしてきたことを、もう一度思い浮かべる。その度に士官学校の恩師が『ここまで戦えない生徒は初めてです。』と言っていたのも思い出すが、そんなことは無視!


 私が妹弟たちを支えるんだ!生きてお給金を貰う、ただそれだけ出来ればいい…!


「俺たちはこの付近がよく見える…この時計台で人狼が現れるのを待つ。人狼が一体が現れたら俺が一人で対応する。もし複数体現れたら、お前達も対応に当たれ。その場合は戦闘員であるリンネ、モモ、ツキコの三人だ。捕らえたのちにチカの捕獲道具で拘束する。だが……もし全部で三体が現れた場合に備えてバディを今決める。」


バ、バディ……。士官学校で聞いたな、確か……。


「一つの隊で受けた任務を分割することで、手数を増やす。戦闘時には死角のカバー、前衛や後衛などの役割分担が可能ということですね。」


 士官学校で学んだバディ制度の要点をツキコが答えた。


 そうそう、特務部だけじゃなく警務部にもバディ制度があって、士官学校の時も学生バディ組んだなぁ。そういえば、警務部に行った学生バディのジン君は今何区担当なんだろう…?


「ああ、そうだ。さらにバディ制度によって生存確率が上がっている。… ということで俺が独断でバディを決めたバディは、モモとツキコ。チカとリンネだ。学生バディのモモとツキコの成績は聞いたが相性が良いらしいな、優を貰えるのは中々いない。」


感心した様子でモモとツキコを見るキョウジ隊長の期待は私にさえ感じられるほどだった。


いや知ってましたよ。あの二人がバディ組むんだろうなぁ、てね。

学生バディの模擬戦で、あの二人に勝つバディは在学時いなかった。

 ただそうなると、私のバディはリンネということになる。このちょっと荒っぽい女の子がバディか…。私戦えないバディなんだけれどいいのかな…。

不安になった私の醸し出す空気を読んだキョウジ隊長が、リンネに顔を向ける。それがまるで父親のような顔で。


「リンネはチカとバディになる。チカは非戦闘員だから、戦う時はリンネ一人になる。絶対に守ること………でもお前なら、大丈夫だよな。」 


信頼か確信か、そのどちらとも取れる言い方でリンネに語りかける。


「ハッあたしを誰だと思ってんだ!楽勝だよ、こんな弱っちい人間一人守るなんてな!」


一瞬貶された気もするけれど、この豪胆な言い方は自信ありげで私が安心して良いことは分かった。


「よろしくね、リンネ。私は後ろで見てるだけになっちゃうけれど…。」


「大丈夫だ、最初から期待してねー。だけどお前はあたしが守ってやる。」


彼女の橙色の瞳が私を映す。


綺麗な色…。今の流行りのカラコンってここまでリアルなんだ。

なんて別のことを考えていると、リンネは気分が高まっているのかさらに口を開く。


「船に乗ったつもりでいろ!」


ん?船?それもしかして大舟のことかな?

でも今いい気分っぽいから黙っておこう。茶々を入れるのもこの上機嫌な顔を見ると憚られるし。

と思っていたけれど、私が置いてきた茶々をモモが入れてきた。


「それ大船に乗ったつもりで、てことだよね。リンネちゃんってさ〜やっぱりアホの子?」


あっモモったら余計な事を!


「あ?ちょっと間違えただけだろーが!つーか、またちゃんづけしてんじゃねー!」


「えー?ちゃん付けの方が可愛くな〜い?それともリンネニャンとかりんねっちの方が好みなの〜?」


やはり瞬間湯沸かし器の二人は喧嘩をする運命なのか、また始まった。私はツキコと目で合図しお互い二人を引き離す。


「まぁまぁリンネ。」


「いけませんよ、モモ。」


意外にもリンネは私が落ち着かせるように肩をポンポンと叩くと、落ち着いてきたみたいだ。さっきまでの荒々しい口調も怒って吊り上がった目も、嘘のように治っている。だがリンネの肩を叩いて気づいた事だけど、筋肉量も筋肉の硬さもわたしとはまるで違っていて、この肉体の人間が私の筋肉で引き剥がせるはずもないのにされるがままだったのは……やっぱり私を気遣ったとのことだろう。


いやもしかしたら私が貧弱すぎて、彼女なりに慎重になってるのかもしれない…何にせよ、確かにバディはこれで良かったんだな。

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