第2話

私は赤井チカ。士官学校を卒業して防衛庁特務部に配属された十七歳。

 家族は母と、妹が二人、そして末っ子に弟がいる。私は幼い頃に、シングルマザーになった母を支えたくて十六歳になる年に士官学校に入った。士官学校卒であれば防衛庁直属の特務部か警務部に入れる。家のこともあって、私はより高給な特務部に配属先の希望を出した。


 特務部。それは我が国を脅かす化物ばけものを捕獲、退治する機関。化物とは人間以外の種を指す言葉であり、『捕獲/退治対象』『非捕獲/退治対象』に分けられる。国で危険と判断された化物は『捕獲/退治対象』となる。

 特務部は発足から十数年しか経っておらず、命の危険も伴うためか士官学校卒であっても希望人数は少ない。ちなみにより専門性の高い化物への対処を目的とした機関、と言う考えの基に警務部が二分されて特務部が誕生した。

 そんな万年人材不足組織だから隊長による一般人向けの推薦制度もある。

 推薦制度は本人の能力さえあれば士官学校を卒業していなくても特務部に入れる制度、その代わり私のような士官学校出身よりも給与は低くなる。ただ、その状態がさせるのか推薦制度で特務部に入ると周りから揶揄される事もあるらしい。

 でも卒業前に教官が言っていた。

『あいつらみたいな推薦組は、士官学校をすっ飛ばして配属されるから油断しない方がいい。化物よりもバケモノだよ。』


 実際に推薦制度を利用する際は、士官学校卒業実技試験以上の厳しい審査基準を潜り抜けなければならないと言うのだ。実技教科がいつもビリだった私には考えられない。

 だからあの時は、そんな所謂バケモノってやつとまさか同じ隊に配属されるとは思いもよらなかった。


「あたしは朝霧リンネ、よろしく。」


 端的な挨拶を済ませた彼女は蒼穹のような色の髪を風に靡かせていた。ミディアムに切られた髪から覗く橙色の瞳が私を射抜く。中性的な顔をしている所為か、ちょっと鋭い眼光の所為か男の子にも見える。


「コラ!そんな睨んだら萎縮するだろうが!」


 ゴン!と彼女の頭に隊長の拳が入る。

 彼は朝霧キョウジ。今も「何のために家で練習したと思ってるんだ、もう一回挨拶しろ!」とリンネに怒っている通り、彼女を推薦制度で特務部に配属させた私たちの隊長なのだ。

 190ほどありそうな長身に逞しい筋肉、遠目で見たらゴリラのような隊長は、強面の顔に細フレームのメガネをかけたスキンヘッドの男性。私たちとは親子程の歳が離れてる。


「え~!名字が朝霧ってことは2人は親子ですか~?」


 間延びした声で質問したのは愛葉モモ。ピンク色の髪に緩いウェーブをかけて、更にツインテールにしている。そんな彼女は特務部の制服を勝手にショートパンツに改造し、中に着用するシャツも1人だけフリルを付けていた。


「いや親子というか、保護というか、後見人というか……」


 答えに困ったような声色を隊長は出しているが、その後ろではギャーギャーと「誰が保護だ!あたしは動物じゃねー!」だの「話を聞けー!」だの騒いでいる。

 …多分、家族なんだろう、と思うくらいには何だか仲が良さそうに見えた。


「えっ、まさか不義の子……!」


 モモは隊長を揶揄っている。まるで新しいおもちゃを見つけた子どもみたいだ。彼女の好奇心からくるキラキラした瞳に隊長は押され気味だった。


「……モモ、失礼ですよ。…お二方申し訳ございません。」


「ハーイ。ゴメンなさーい。」


 モモを優しく窘めたのは黒坂ツキコだった。国内有数の財閥、”黒坂重工“のお嬢様で貴族。士官学校では成績優秀、品行方正な生徒で有名だった。

 だが私は彼女のことを近寄り難い人物だと思っている。なぜなら彼女とは一言も喋ったことがない、いや彼女が士官学校時代にモモ以外の生徒と喋ったところでさえ見たことがないからだ。士官学校は私の様な市民もいれば、黒坂家の様な貴族もいる。市民を化物から守らねばならない、という義務感がこの国には蔓延しているため士官学校は貴族の多くが入校する。

 その貴族の中でも黒坂ツキコは浮いていた。いつも傍にピンク色のツインテールを侍らせ、彼女を自分の窓口にしていたからだ。勇気ある貴族男子が黒坂ツキコに話しかけても無視、モモが代わりに断りの言葉を入れていた。モモは黒坂ツキコとは違い社交的で、私も別のクラスでありながら喋ったことがあった。

 きっと彼女達を足して割ったらちょうど良い社交さができあがるだろう。

 そんな非社交的な彼女は絹の様な銀髪をポニーテールに纏めている。太陽に当たると銀糸が煌めく彼女は眉目秀麗、と言う言葉が似合う人物だ。ポニーテールの留め具とモモのツインテールの留め具はお揃いで、彼女達が親しい関係であることは自明であった。


「…前から気になっていたんだけれど、モモと黒坂さんはどういう関係なの?」


 私は隣の席のモモにひっそりと聞く。今までは別のクラスだし、と気にしていなかったがこれからは同じ隊の仲間だし知りたいと思ったのだ。


「あぁ私とツキコちゃんの関係は~、親友で、家族で、姉妹で…………私のご主人様なの!」


「へ?」


 喉から変な声が漏れたがモモは気にせず続ける。


「黒坂家がめちゃくちゃデカい家なのはチカちゃんも知ってるよね?使用人の数も結構多くて、私のお婆ちゃんがそこのメイド長なの。私は小さい頃に色々とあってお婆ちゃんのところに預けられて~、あぁ、預けられたっていても~、でっかいお屋敷だから使用人のお婆ちゃんも黒坂家の土地の中に住んでるんだよね。だから私もそこに住むことになって…。私はツキコちゃんと同い年でしょ、だから旦那様や奥様、大奥様から目をかけてもらえてツキコちゃんと遊ばせていただけたの。小さい頃から一緒に遊んだり勉強したりしてたから仲良いんだよね~。まぁお婆ちゃん的には距離が近いだの畏れ多いだの言われるんだけれどね~。

 まぁそんなこんなで私も黒坂家に雇われることになって、今や最年少メイド!士官学校もツキコちゃんのお世話と護衛で着いてったって感じだねぇ。ね~ツキコちゃん。」


「この通りツキコちゃんは人見知りするから、何かあったら私に言ってね~」


 モモは人懐っこい笑顔で私にそう言う。だが今のは『ツキコちゃんにに迷惑かけないように』と釘を刺された様に感じて背筋が冷えた。わざと黒坂ツキコと私の間に、愛葉モモという一枚の壁を作ったのだ。

 黒坂ツキコも充分に特殊な人物だが、愛葉モモも特殊であった。士官学校時代は”隠密“、”戦闘訓練“ともに上位の成績、黒坂ツキコの唯一の友達なのに彼女自身は友人が多い。今も私の隣はモモだけれどその向こう側にツキコがいる。誰に対してもフランクに見える彼女だけれど、それだけじゃない何かが私と愛葉モモの間にもあるようだ。


 そんな傷心にも取れる心情の中、あのリンネという女の子がモモの反対側からツキコに話しかけた。


「なぁあんたは?あんたの名前だけ聞いてないんだけど。」


 士官学校だったらこんな喋り方の人はいなかっただろう。だからか黒坂ツキコの目は驚愕で揺れていた。


「はいはい、この子は黒坂ツキコちゃん。よろしくね~リンネちゃん。」


 やはりモモが間に入った。

 だがそれがどうやらリンネには面白くなかったみたいで、モモにキッと見やる。


「あんたに聞いてねぇよ。あたしはこいつに聞いたんだ。」


「はぁ~?別に誰が答えようが一緒でしょ!ていうか!ツキコちゃんに向かってその荒っぽい言葉遣いやめてくれないかな~?」


「こいつだって同じ隊なんだから、自分で喋れないとダメだろ。それともお前がいつまでもガキみたいにさせてぇのか。」


「…っあのねぇ!!」


 嗚呼、なんだか嫌な予感がする。この2人もしかして水と油かもしれない…。

 この喧嘩をどうにかしてほしくて隊長を見ると、喧嘩中の2人を見てめんどくさいことになったと言わんばかりのため息をついていた。


 お母さん、私この隊でやっていける気がしません………。

 私も小さくため息をついた。

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