第3話 裏をかかせて、裏をかく
セインツが連勝した。
奇跡のような勝利からわずか一週間。連続して強打を選び、データ通りの采配が冴え、これまで散々叩かれていた地元紙も「ようやく目を覚ました」と掌を返す。
だが、監督室のホワイトボードには大きく書かれていた。
《勝ち方がバレるまでがボーナスタイム》
「次は間違いなく対策される。奴ら、今度は“バントしない”と読んでくるぞ」
千石は頭を掻きながら唸った。
「じゃあ、またバントに戻すのか?」
《それじゃ同じ轍を踏むだけだ》
《一番損な場面でバントさせて“バント依存症”だと思わせる》
「は?」
《で、バントが来ると思い込ませておいて、次の試合でその癖を利用して叩く。これが“ギャンブラーの釣り”だ》
その日、セインツは優勝候補オーシャンブレイズと対戦。序盤、味方の先発が打ち込まれて、5回までに6点差がついた。
普通なら、もう勝負は終わりだ。だが、ここから千石はバントを繰り返した。6点ビハインドの五回裏、ノーアウト一塁で送りバント。5点ビハインドの七回表、一死一塁で送りバント──どれも明らかに非合理な選択。
ベンチの選手も困惑した。
観客席からも、ため息が漏れる。
翌朝の新聞にはこうあった。
《またバント。セインツ、学習せず》
──それでいい。
全ては、次の一手のための布石だった。
神無月司は、確率の世界に生きていた。損な選択すら、次の得を最大化するために使う。ゲーム理論の「ミックス戦略」、あるいは「ナッシュ均衡」──そんな言葉を千石は聞いたこともなかった。
だが、千石はベンチで叫ぶだけでいい。
千石の左耳に、くぐもった声が聞こえる。 『河原君もバント。意味はないが、意味を持たせるために必要だ』 千石は頷き、「河原、ここはバントだ!」と叫んだ。
観客席がざわつく。あれだけ「打て」のサインで魅せたチームが、なぜ今さら……?
だが、それも含めて司の“布石”だった。
──数日後、セインツは宿敵・グレイスパンサーズと対戦した。
初回、ノーアウト一塁。バッターは二番・河原。
前の試合で散々バントを見せてきたセインツ。相手内野陣は前進守備を敷き、ピッチャーも牽制を多めに入れてくる。
「バント警戒、バント警戒!」相手ベンチの声が響く。
千石は左耳に手を触れた。微かに、あの声が聞こえる。
『……今度は“打て”。やつら、守備位置を間違えてる』
千石はベンチからサインを送る。打て──強攻。
河原が初球を叩く。打球は一、二塁間を鋭く抜け、ライト前ヒット。
解説者が呻くように言った。
「……バントじゃない。完全に裏をかかれましたね」
一、三塁。チャンス拡大。
さらに、続く三番・大塚が初球を完璧に捉えた。
高々と上がった打球は、レフトスタンドに飛び込んだ。
ホームラン。三点先制。
相手ベンチが騒然となる。
観客もどよめく。
セインツベンチで、千石はそっと呟いた。
「まんまと釣れたな」
『ああ。これが“罠の回収”だ。ギャンブルってのは、仕込みの先に勝ちがある』
初回、3点。セインツの攻撃はまだ止まらなかった──
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