ゴーストマネージャー

らいつべの狂犬

第1話 借金とチームとゴースト

神浜セインツ──今季ここまで14勝31敗。勝率3割の弱小球団。かつて人気球団として名を馳せた面影は今や見る影もなく、スタンドの空席と罵声ばかりが目立つ。そして、その監督室には、疲れ切った表情の男が一人、深く背もたれにもたれていた。


「……どうしろってんだ、こんな状況で」


千石隼人、56歳。堅実な二軍コーチとして長年球団を支えてきた男だったが、現場の混乱と人事の都合によって、三年前に急遽監督に就任した。それ以来、チームは三年連続最下位。主力選手の故障、補強予算の凍結、そして何より──かつて人気の象徴だった球団マスコット"ホーリーくん"の訃報が、ファンの心を決定的に遠ざけた。


千石自身も限界に近かった。選手の怪我、恩人の死、ネットで浴びる誹謗中傷。ベンチでは声を張り、試合後には一人、胃薬と酒で心を誤魔化す日々。


その夜、千石は古びたスナックのカウンターにいた。焼酎のロックを煽りながら、スマートフォンの履歴をぼんやり眺める。画面に浮かぶひとつの名前に、親指が止まった。


「……神無月司──、まだ残っていたか」


通話ボタンを押す。ワンコール、ツーコール。


『よう。珍しいな、監督さん』


「飲まねえか。話したいことがある」


『野球の話か?』


「……そんなとこだ」


『いいぜ。今夜は空いてる』


そして今、二人は肩を並べてカウンターに座っていた。千石は焼酎のグラスを手にしていたが、司の前には何も置かれていない。


「酒はいいのか?」


「禁酒中なんだよ。医者に止められててな」


司は苦笑しながら、肩をすくめる。


「医者じゃなくても止めるさ。あんなに毎日がぶがぶ飲んでたらな」


「酒とギャンブルが俺の生き様──"だった"からな」


司はまた、苦笑しつつも、今度は少し誇らしげに言った。


「ギャンブルの方は続けてるのか?」


「まあな。医者に止められてないからな」


「お前、俺がまだ監督やってるのは知ってるよな」


「ああ。セインツ。14勝31敗。新聞が毎日笑ってる」


「笑われるような成績だからな……。でも、俺は本気で悔しいんだ」


千石は、すっかり氷の溶けたグラスを揺らしながら、ぽつりと呟いた。


「勝ちたい。でも、何をどうしても勝てない。選手も悪い、環境も悪い……でも一番悪いのは、俺だ。俺が時代についていけてない。今の野球は“数字”でできてる。でも俺にはその数字が、どうにも身体に馴染まねえ」


司は煙草に火をつけ、無言で煙をくゆらせる。その傍らで、千石がふと尋ねる。


「……司。お前、確率とか損得勘定とか、そういう勝負の勘ってやつ、今でも冴えてるか?」


「冴えてるかどうかは知らんが、場の空気を読むより、数字の裏を読むほうが性に合ってるな」


「頼む。“裏”から助けてくれ。データは全部お前に預ける。試合中、インカム越しに俺に指示を出してくれ」


司は手元のテーブルを軽く指で叩き、ため息をついた。


「……ちょっと本気で遊んでみるか」


それが、“ゴーストマネージャー”の始まりだった。


「簡単さ。『理屈』じゃなく、『確信』として叩き込む。理屈は俺が持っておく。お前はただ、俺の“指示”を出す。それだけだ」

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