第41話

第41話



「トりあエズ、殺スカ」



「ーッ! レンあたしの後ろに!」



「お、おう!」



人間の体に山羊の頭を持ったソレが一目散に突撃してくると同時、レインが俺を背後へと庇う。



「『鑑定』! .......サキュバスにしては妙に強い気配だと思っていたけれど、コレで納得したわ。悪魔族が居たのね.......!」



「ん"あ"ぁ"?? オンナ、俺ノ種族が分かるノカ? やっパリ珍しいニンゲンたちだナァ!!?」



レインと正面からやり合っている悪魔族と呼ばれているソレは、なるほど確かに、悪魔と言われて遜色ない見た目だ。

人間の体に山羊の頭を併せ持ち、上半身は裸で下半身は毛深く、手足はまるで猛獣のような鋭く大きな三本の爪が付いている。


悪魔の鋭く大きな爪から繰り出される攻撃は、大振りではあるが速度が速く、レインは防御するので手一杯の様子だ。


確か悪魔族はレインたちの世界では、かなり高難度のエネミーとして設定していた気が......



「......おい! レイン大丈夫か!?」



正面で魔法や爪がぶつかり合い聞こえてくる鈍い音と重なりながらも、必死でレインへと呼びかける。



「ーーーから、レンはーくーろにーーって......!」



火花を散らす激しい攻防のせいで、後ろからだと戦況がよく分からない。

レインの発した言葉は、衝突し合う2人の魔法の爆発音のせいで途切れ途切れでしか聞き取れなかったが、レインは一瞬だけ俺に目配せすると、念話で話しかけてくる



<大丈夫だから、レンは早く後ろに下がってなさい! 今から使う魔法だと、近くにいるレンまで巻き込みかねないから!>



<わ、分かった!>



レインと会話をし終えた数秒後。

心の中で身体強化魔法を唱え、うつ伏せになりながらも顔だけは2人の攻防を見つめているサキュバスの子を担ぎ、レインの邪魔にならないよう後ろの壁を目指し走り抜ける。



「.......よし、なんとか避難できたみたいね。 覚悟しなさい悪魔族! あんたなんかワンパンで消し炭にしてやるんだから!」



「オ、オマエの防御力、デタラメだナ......。ココまでオレの攻撃を防ギきっタのは、オマエが初メテダ......」



「当たり前でしょう? あたしは勇者よ、そんじょそこらの悪魔族になんか負けるわけないじゃない。魔王だってワンパン出来るんだからね」



「マ、魔王サマをワンパン.......?? 我らが魔王サマを侮辱スルとは良い度胸だナ......イクラ勇者だロウがソレだけハ許サナイ! 我らガ魔王サマ復活ノ贄トナレ!」



先程までは冷徹で冷静な口調だと思えた悪魔は、マオの侮辱は地雷だったか、表情を一変させ激昂する。

山羊頭だから表情もクソもないだろうと思うだろうが、一丁前に顔を赤くしているのがわかる。


ちなみに、何故俺がここから2人の会話を聞くことが出来るのかというと、修行の成果で身体強化魔法がレベルアップし、集中すると少しの間動けなくなるが一時的に五感が超絶強化されるようになったからである。


動けなるとか致命的すぎて使う機会はないと思っていたが、こうして役に立つ時が来るとは。



「全テハ、魔王サマのため二! 『インフェルノ』!」



「熱っ.......中々やるじゃない。少し本気を出すわよ、『アクア・プリズン』!」



「おぉ、すげぇ......レインがこんなに魔法連発してるの初めて見たかも........」



以前のピクシー戦では、結界を纏ったレインがピクシーに突っ込む脳筋戦法しか見れなかったが、連発された魔法が次々とぶつかり合っていくこの激しい攻防は迫力が桁違いだ。


2人の攻防は、10分に満たない程の時間続けられたが、魔力量の限界が近いのか、山羊悪魔の方の攻撃の勢いが段々と衰えていく



「ハァ、ハァ.......どうなっテイル.....? 勇者がこんなに強イなんテ、聞いテいナイゾ.....。マ、魔力......魔力ヲ補給せネバ......。......ーーッ! ソウいえばソコ二丁度イいニンゲンがいタナァ!!?」



「ーッ!? レン、逃げ......」



「やべ......!」



2人の会話と戦闘を見るのに夢中になってしまっていたため、山羊悪魔の突進に反応が遅れる



「あ、動けねぇ......」



五感の超絶強化を訓練時以上の時間使用していた影響か、体が固まる。


くそ、こんなとこで死ぬのか......

呑気に観戦なんかしてる場合じゃなかった、なんて馬鹿なことしたんだ.....


後悔しても時すでに遅く、悪魔の手爪先は、俺の顔を目掛けて投げ下ろされている



「ーーっぶねぇ!」



「!? ニンゲンのクセにオレの攻撃ヲ避けタ......」



顔面ごとえぐられるかと思うほどの攻撃を動体視力が向上していたおかげで、寸前で躱す。



「ーッ痛.......」



が、固まったままの体では完全に躱すことはできず、頬が軽く抉られる。

急いで悪魔から距離を取り、身体強化魔法を重ねて掛け、効果時間を持続させる。



「.......?」



何故だ......?


思わず抉られた頬へと手が伸びるが、不思議とあまり痛みがない。

瞬間的な痛みこそあったものの、それ以上の痛みが感じられない。

それどころか、先程傷つけられたばかりだというのに、血が乾いてきている。



「勇者ハ分かるガ、オマエの事ハ知ラなイナ......まア、良い。 ......? オマエの血、不思議ナ匂いダナ。格別二美味ソウナ匂いダ」



山羊悪魔はしばらく自身の手爪先から滴る俺血を興味深そうに眺めた後、味見をするように、その雫を舌先へと落とす



「......!? なんダ、コノ味ハ......微か二感じル、感じルゾ! マサか、魔王サマが.......? デモ、ドウしテ......」



山羊悪魔は俺の血を1口舐めたと思えば、途端に困惑した表情を見せる。

戸惑いつつも、自身の手爪先に付着した俺の血を訝しげに見つめ、頭をポリポリとさせ固まっている。


俺の血はそんなに不味かったのだろうか。

自分の血の味の評価など気にしたくもないが、本人を前にその反応はどうなのだろう。



「あ......」



余程珍妙な味だったのか、悪魔は付着した俺の血に夢中で背後から忍び寄る彼女に気づいていない様子だ。



「よくも......」



「マサか、魔王サマもコノ世界二......?」



おそらく怒っているのだろう。

怒りながらも、静かに、1歩ずつ、かつてないほどのプレッシャーを放ちながら悪魔に忍び寄る彼女に、一瞬にして空気が張りつめる。

サキュバスの子は、彼女が1歩近づく度に小さく悲鳴をあげている。



「よくも、よくも......」



「魔王サマは既二復活してイタ......? ソレにシテは力が弱スギル......ソレに、あのニンゲンの男ハ一体.....?」



1歩、また1歩と、静かに、ゆっくりと近づいてくる彼女に山羊悪魔は未だ気づいていない。

彼女の1歩は重く、床が抜けそうな程の勢いがあるように見える。

空気が張りつめ、立ったまま金縛りにあったような感覚に陥り、冷や汗が止まらなくなる。


彼女は、未だ独り言を呟いている山羊悪魔の背後に限界まで近づくと同時、先程まで放っていた圧の数十倍にもなるであろうプレッシャーを解放する。



「ーッ!? クソ、妙なニンゲンの血二気ヲとらレタ! 早く魔力ヲ回復しなケレバ!」



「遅い」



「!? ッグアアァァァァ!!!」



山羊悪魔の背後に立ったレインは、俺まで震えてしまうほどのプレッシャーを放ち、山羊悪魔の右肩から左横腹にかけて大剣の形を模した光の剣で切り裂く。



「よくも、よくもレンに........あたしのレンによくも傷つけてくれたわね! 許さい、許さいわよ!!」



「ま、待テ、待っテクレ! 話シ合オウ! 少シ聞キたいコトが出来タ!」



大剣で切り裂かれ、真っ二つになりそうな上半身と下半身を必死に抑え、繋ぎ止めながら山羊悪魔が話し合いを主張する。



「話し合い......? いきなり襲ってきておいて、ましてや奇襲を防ぎきり、戦ってあげてたあたしから逃げ、レンを襲いにいったヤツが何をほざいているのかしら」



膝立ちとなっている山羊悪魔を、震える声とは対照的に憎悪にまみれた顔でレインが見下す。

山羊悪魔はしばらく葛藤した後、観念したかのように口を開いたと思えば、途端に不敵な笑みを浮かべ、乾いた笑い声を出す



「何がそんなにおかしいの? これから自分の迎える結末を想像しておかしくなったのかしら。レンを傷つけた罪は重いわよ、1番苦しい死に方で殺してあげる」



レインが魔法の詠唱を始めると同時、山羊悪魔の乾いた笑い声は、次第にヒートアップしていく。


レインの魔法の詠唱を待っていたかのように徐々に大きくなる笑い声は、不安と焦燥を掻き立て、思わず耳を塞ぎたくなるような不快な音だ。


やがて笑い声が収まり、口を開いた山羊悪魔は



「ナ〜ンてナ、今ノハ単ナル時間稼ぎダ.......」



不敵な笑みを浮かべたままそう呟いた

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