その相棒、最強につき。

勿夏七

第1話

 街を覆っている透明なエーテルシールドにヒビが入る。その度にエーテルジェネレーターが修復をする。

 シールドを破れないもどかしさか、ジンベエザメのような見た目をしたエーテルモンスターの咆哮が街を震わせていた。

 10年前、エーテル実験の暴走がモンスターを生んだのだ――。

 

 「やーい、人殺し〜!」

 

 バッシャーン!

 漫画ならそんな壮大なオノマトペが書かれていそうな水飛沫だ。

 頭から冷水を被ったのは黒髪ぱっつん、ポニーテール。かなり清楚系によせた髪型で空星あけほし高校指定のセーラー服がよく似合う女――黒療 絲こくりょう いと

 水の能力を持っている男は、手を前に突き出したままニヤニヤと絲を見ていた。


「あんた、人を殺したことはある?」

「あるわけねーだろ。能力が1つ。それが証拠だ」

 

 ブレスレットに触れ水を指から出し、これ見よがしに見せつけてくる男。

 この世界では能力は1人1つだけしか持てないのが常識だ。だが絲はエーテル糸と治療――2つの能力を持っている。

 そのため周りは絲のことを"人殺し"と呼ぶ。能力を増やすには、誰かの命を奪うしかないという噂だからだ。

 

 絲は青い目を伏せ大きく息を吐いた。そして水をかけてきた男を睨みつける。

 

「殺しで能力が増えるか、今ここで試してやろうか!」

「こらこら絲ちゃん、すぐ口汚くキレる癖やめたい言うとったやろ〜」

 

 ブレスレットに触れようとしたところで、絲の相棒バディである嘯前 白之うそまえ はくのは緑色の髪を揺らしながら私に駆け寄る。そして絲のブレスレットに手を置きながら、橙色の瞳で絲を見つめた。

 そうだ。絲は汚い口調もすぐ怒る癖も治したいと思い、清楚らしい見た目にしたのだ。思い出したように絲は顔を顰めた。

 絲は深呼吸して気持ちを落ち着かせる。

 その様子を遠目から見ていた女は嘲笑した。

 

「嫌われ者同士、仲良くしなさいよ〜」

 

 絲の相棒である白之はコピー能力持ち。見た能力はなんでも簡単にコピーできてしまうため、無条件に能力者へ嫌われる対象だ。

 

「ヒューヒュー」


 絲に水をかけた男は遠くまで逃げたくせに、懲りずにまた遠くから煽ってくる。絲は我慢ならなくなり中指を立て、大きな声で言った。


「バーカ!」

「やめなさいって」


 白之の大きな手によって絲の手は包み込まれ、絲は思わず顰めっ面。その様子に白之は深いため息を吐いたが、絲を叱ることなく頭を撫でるだけだった。

 「せや」と白之はブレスレットに触れどこでコピーしてきたのか、濡れた絲を風で包み込み乾かした。先ほどまで濡れていたのが嘘のようだ。

 

「……白之の能力は本当に便利だね」

「せやろ?」

「白之はいい人だし、能力のことだけで嫌われてるのは勿体無い」

「絲ちゃんが俺を認めてくれてんなら、他はどうでもええよ」

 

 白之は緑髪にタレ目。身長は絲よりも20センチ近く高いが威圧感はない。むしろのほほんとしており、あまり怒らないためよく弄られている。

 人は嫌われ者同士だと言うが、絲は白之が自分と同じ側とは言い難いと思っている。


「ほら、教室行こうや。今日は遠征に行くチーム発表らしいで」

 

 「楽しみやなー」と笑う白之。絲が病むことなく堂々といられるのは白之のおかげだろう。

 やっとイライラも落ち着いてきた頃、エーテルシールドが音を立て割れる。何年も割れることなどなかったシールドはあっけなく破壊され、咆哮とともに大型のエーテルモンスターが3体街へと入り込む。

 その様子に思わず絲は引っ込みかけていた感情が昂った。

 

「ぶった斬ってやる!」

 

 絲は白之を押し退けすぐさま進行方向へと走った。

 1番乗りでモンスターの付近まで到着した。

 絲は迷わず光るブレスレットに触れ、エーテル糸を取り出す。

 少年に襲いかかりそうなモンスターの足を糸で絡めとり、すぐさまモンスターの体を引き裂いた。

 

 次に、これ以上モンスターの侵入を阻止すべく絲はエーテル糸で壁を作った。だが、これはただの応急措置だ。すぐに突破されてしまうだろう。


「チッ、エーテル消費が激しい!」

 

 大きな穴を埋めるために使ったことで多く消耗してしまった。糸がブレ、2体モンスターを取り逃してしまう。絲は必死に糸を手繰るが空回り。

 

「絲ちゃん! 咄嗟の判断ええ感じやで。俺も手伝うわ」

 

 白之はサングラスを外し、絲のエーテル糸をコピー。モンスターを拘束し絲の動きを真似した。絲よりも劣っているはずのエーテル糸で難なくモンスターを蹂躙する。

 自身の能力をあっさり使いこなされる複雑な気持ちが絲に湧いてくるが、今はそんな悠長な事を言ってられない。

 

「白之、そっちは任せた!」

 

 先程襲われそうになった少年は、転んだ際に擦り傷を作っていた。恐怖で体が動かず、その場で震えていた。


「大丈夫か?」

「痛いよぉ」


 グスグスと泣く少年に、絲は「今助ける」と言った。

 しかし、絲は消毒液も包帯も、治療するための道具は何1つ持っていない。

 すぐに自分には治療能力があると頭をよぎるが、もう1つの能力を使うのを躊躇った。

 どれほどの人が能力の2つ持ちが人殺しだと知っているのか、絲は知らない。知ろうとしていなかった。

 この幼い子さえも知っているかもしれない。絲は自身の口の悪さも相まって怖がられてしまうかもしれない。そう思うと手が震えた。

 

 だが、このままにしておくわけにはいかない。絲は意を決して治療能力を使う。

 その途端、ブレスレットが過熱し絲は膝をついてしまう。

 一気にエーテル能力を使いすぎた代償だ。それでも治療を続け、なんとか少年の足の怪我を治した。しかし少年は絲が2つ能力を使えることにやはり恐れ、さらに大きく泣きながら親の元へと走り去った。

 

 疲れと周りからの冷たい視線に、絲は冷や汗が出る。ブレスレットをしている右腕を強く握り、俯いた。

 そんな絲とは反対に、ニコニコと歩いて来た男がいた。――白之だ。

 

「絲ちゃん、めっちゃかっこよかったで!」

 

 白之は絲の手を握り、尊敬の眼差しを向けた。白之はいつも通りのんびりと笑っている。


「俺が治療したるから、ちょっと待ってな」

 

 またサングラスを外し、絲の能力をコピーする。その時白之も少し疲れを見せたが、すぐに笑顔へと戻り絲の疲れを癒してくれた。

 絲が息を整え気持ちを落ち着かせていると、こちらに近づいて来る足音に気づく。

 

「さすが人殺しね。モンスターを一瞬で仕留めるなんて」

 

 桃色のピッグテールを揺らしながら絲を嘲笑いに来たのは、絲と白之のライバルの1人である二子 萌果にし もえか

 事あるごとに絲へ絡んでくる。絲は正直面倒くさいと思っている女子生徒だ。

 その隣では萌果の双子の兄である二子 雪人にし ゆきとが乱れた灰色の髪を整えながら、萌果と同じ水色の瞳で絲を見つめていた。

 

「黒療絲、君は本当に素晴らしいね」

 

 この男は何かと絲を褒め、好奇な眼差しを向けてくる。「妹がいなければ相棒として君を選んでいたかもしれない」と言うほどに絲に興味がある。絲としてはあまり嬉しくはない。ただ、自分を人殺し扱いしないのは素直にありがたいとは思っている。


 絲の戦いっぷりに称賛の言葉を贈る雪人が気に食わない萌果は唇を尖らせる。


「雪、あんなやつ褒める価値ないって」

「は?」

 

 絲はカチンときて萌果を睨みつけるが、それは白之によって遮られた。

 

「まあまあ。ほら、俺の顔に免じてこれ以上絲ちゃんいじめるんやめてや〜」

「ふん。顔がいいからって調子に乗らないでよね」

「萌果ちゃんは俺のこと好きやな〜」

 

 聞き捨てならないと言いたげな表情で萌果は白之にくってかかる。

 

「顔"だけ"よ! コピーなんてやらしー能力とか……ほんと良いコンビよね、あなた達」

「褒めても俺の顔しか差し出せへんで?」

「褒めてないわよ!」


 そんなやりとりをしている最中に、モンスターが萌果目掛けて飛んで来る。

 話しながらだったが、萌果は慌てることなくモンスターをあっさり干渉能力の餌食にする。モンスターは力の半分も出せないまま萌果に蹴られ、壁にぶつかる。その隙に雪人が増幅能力を発動させ力強い拳でモンスターを粉砕した。

 

「相変わらずコンビネーション抜群やなぁ……」

「当たり前でしょ。あたし達は2人で1つなんだから」

「来月の遠征には僕達が行くから、君達は指を咥えて待ってるといい」

 

 勝ち誇った姿を見せる双子。

 どちらも上位の成績を収めており、誰もが遠征の1枠は双子が取ると思っている。だが、成績なら絲も上位だ。人殺しのレッテルさえなければ、絲も優秀で誰からも尊敬される存在のはずなのだ。

 

「私だって行くからな!」


 人殺しと馬鹿にされないため、自分の力を見せつけるため。自分のような嫌われ者でも誰かの役に立つことを証明したい。

 また、絲はなぜ自分が2つの能力が宿っているのかの真相を探りたい。恥ずかしくて口には出せないが、絲はその気持ちを込め言葉を発した。

 だが、萌果は嘲笑し首を傾げる。


「あなた達が選ばれると思ってるわけ?」

「最低でも2ペアは連れてくって先生言うとったやろ。ワンチャン行けるで」

「そもそも、あんた達だって確定してないだろ」


 白之と絲の言葉に、萌果は口を閉じた。だが、顎に指を当てる仕草を見せた後、笑顔で言った。


「わざわざ人殺しを連れて行くメリットは? 先生の目が届かない場所ってことは、誰かがあなたに殺されてしまう可能性がある……そうでしょう?」

「私は殺しなんてしてない!」

「口でならなんとでも言えるわ。あなたは大人しく待ってなさいよ」


 力強い言葉に圧倒され、絲は思わず口を閉じた。だが、白之に頭を撫でられた。


「絲ちゃん、絶対俺らは行けるで。な?」

 

 「ほら、先生来た。状況説明行くで〜」と絲の腕を取り、様子を見にきた先生の元へ駆け足で行った。

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