第28話 囮になる
青白い光の差し込む校舎から外に出て、私たちは進んでいく。
目的地は、校庭。蓮の考えた話に出てくる、屋敷の娘の幽霊が出てくる場所だ。私たちは、今からその人に会いにいく。
「七番目の不思議を呼び出した宍戸光実って人が、この場所に建ってたお屋敷の主人かもしれないんだよね」
「ああ。多分な」
AIアプリの教えてくれた、七番目の不思議。それとこの話がこんな形で繋がるなんて、思ってもみなかった。
「三ツ矢くんの書いた話だと、娘の病気を治すために怪しげな儀式をしようとしてたって書いてあったから、それで何かが呼び出したってなると辻褄は合いそうね」
「問題は、その何かが、どういうわけで七不思議を現実にしているかだね。娘の幽霊に話を聞けたら何かわかるかもしれないけど、話なんてできるかどうかは、会ってみないとわからない」
AIアプリへの質問を使い切った私たちにとって、他に手がかりを得られそうなものといえば、お屋敷の娘の幽霊くらいしかない。
この世界だと、より七不思議も発生しやすいみたいだから、こっちから会いに行けば、姿を見せる可能性は高そう。
だからこうして全員で向かっているんだけど、誰もが不安や緊張を抱えていた。
だってその娘の幽霊も、七不思議のひとつ。私たちの味方をしてくれるとは限らない。
「蓮は、娘の幽霊がどんなやつで何をするかってのは、特に設定してなかったよね?」
「ああ。悲しそうな顔で立っているってだけだ」
つまり、会ってどうなるかは、その時になってみないとわからないんだよね。
人を襲うなんて書いてなかっただけまだマシかもしれないけど、だからって安心なんてできないよ。
「こんなことなら、いい幽霊でしたとでも書いておけばよかった」
蓮がぼやくように言う。少し前に速水部長も似たようなことを言ってたけど、似たようなことは、多分ここにいる全員が思ってるから。
どうせ現実になるなら、もっと楽しい話がよかった。なんて思っていると、突然、速水部長が叫んだ。
「みんな、待て! アイツだ!」
そうして前を指さすと、みんなもすぐに気づく。
私たちが向かおうとしている先に、真っ黒な影の怪物がいた。早乙女先輩が考えた話に出てきて、さっきも私たちを追いかけてきた、あの怪物だ。
「みんな、逃げるぞ!」
屋敷の娘の幽霊はともかく、こっちは間違いなく危険だってわかってる。
次の瞬間、私たちは一目散に逃げ出した。
「くそっ! なんだってこんな時に!」
私たちが逃げたのは、校庭とは反対方向。おかげで目的地からは遠ざかるけど、背に腹はかえられない。
とにかく捕まらないよう必死に逃げて、影の怪物の姿が見えなくなった時には、元の場所からはだいぶ離れてしまっていた。それでも、誰も犠牲にならなかったからいい方だ。
そう思って、再びみんなで校庭まで行こうとしたけど、そうしたら、また影の怪物が姿を現した。今度も逃げて、次こそはと校庭に向かおうとしたら、またも現れ、私たちは何度も逃げるはめになっていた。
「ハァ……ハァ……す、少し休んでいいですか?」
何度目かの逃走の後、息を切らせながら言う。
合計すると、もうかなりの距離を走ってるから、いい加減体力も限界だ。今のところ逃げ切ってはいるけど、このままじゃ次こそ捕まるかもしれない。
そんな恐怖を抱えながら逃げるのは、精神的にもきつかった。
「あいつ、俺たちが校庭に行こうとすることわかっていて待ち伏せしてるんじゃないか」
「その可能性はあるかもね。でなきゃ、いくらなんでもここまで遭遇するのは不自然だ」
「そんな。もしそうなら、また校庭に向かおうとすると、その度にあいつから逃げなきゃならないんですか?」
今でさえもうクタクタなのに、また同じことになるかもしれないと思うと、心が折れそうだ。
「校庭に行くのは諦めるか? いや、例えそうしたところで、根本的な解決をしない限り、あいつは僕らを捕まえにくるのを諦めはしないだろうな」
じゃあやっぱり、今までと同じように挑戦し続けるしかないのかな?
すると、それまで黙って聞いていた早乙女先輩が、フーッと大きくため息をついた。
「もうこれしかないようね。みんな、あいつをなんとかするための考えがあるんだけど、聞いてくれる?」
なんとかできるんですか!? そんなの、もちろん聞くに決まってる。
だけどせっかくのアイディアを話すってのに、なぜか早乙女先輩の表情は固かった。
「まず私と速水くんで、あの影みたいな怪物を引き付ける。心春ちゃんと三ツ矢くんは、それを確認したら二人で校庭に向かう。要は、私と速水くんが囮になるってこと」
…………えっ?
今度は、私が固まる番だった。ううん。私だけじゃなく、蓮や速水部長だってそうだ。
「引き付けるって言うからには、今までみたいにただ全力で逃げるんじゃなくて、怪物がある程度追いかけてこれるように気をつけなきゃいけないってことか」
「そんな、危なすぎます! だいたい、どうして囮になるのが先輩たちなんですか?」
私や蓮に囮になれって言われたら、すっごく怖い。けどそれは、先輩たちだって同じ。
そんな危険なまね、誰にもさせたくない。
「心春ちゃん。それに、三ツ矢くん。さっきタブレットを見て確認した時、あなたたちの写真には、あいつは写ってなかったのよね? 私の書いた話だと、あいつは写真に写った相手のところに来るわ。囮になるなら、狙われている私や速水になるでしょ」
「それは、そうですけど……」
どうしよう。早乙女先輩の言うこともわかるし、そうしたら私や蓮は安全かもしれない。けど二人が危ない目に合うのも、この世界でバラバラになって行動するのも、どちらもすごく心配だ。
「速水先輩は、それでいいんですか? 今の話だと、速水先輩も囮になるのは決定みたいですけど」
蓮がそう聞くと、速水部長は少しだけ顔をしかめながら、うーんと唸る。
発案者の早乙女先輩も、これには申し訳なさそうだった。
「ごめんね。私と速水くんがバラバラに動いたらどっちを追いかけてくるのかわからないから、囮になるならこうするしかないって思ったんだけど、嫌ならやめておく?」
「いや。このまま今までと同じことを続けていても、何にもならないだろう。その案、僕も乗らせてもらうよ」
速水部長、やる気なんだ。
危険な目にあう二人が、早くも覚悟を決めている。それなら私も、同じように覚悟を決めなきゃいけないのかもしれない。そうは思っても、不安はちっともなくならない。
「囮って言っても、二人とも、ちゃんと逃げきってくれますよね? 捕まったりしませんよね?」
こんなこと言ったって、困らせるだけかもしれない。だけど例え気休めでも、安心できる言葉がほしかった。
「大丈夫よ。私たちだって、みすみす捕まる気はないわ」
「今までだって逃げ切れたんだ。次もきっとうまくいくよ。だから、心配しないで」
「…………はい」
二人が優しく言ってくれて、こんな時でも、私に気を使ってくれているのがわかる。
これで、不安がなくなるわけじゃない。だけど、決断するための勇気をもらうことはできた気がした。
「どうする、心春?」
「や、やる。私たちだけで校庭まで行って、お屋敷の娘さんの幽霊と会う」
みんなに背中を押されて、ようやく決心することができた。
そうと決まれば、もうグズグズしてられない。私たち四人は、改めて覚悟を決めるように、それぞれ頷き合った。
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