第4話
魔獣祭の初戦での活躍から数日。ノア=アルディスの名は瞬く間に王都中へと広まっていた。「最弱職ビーストテイマーが神話級魔獣を従えた」という噂は尾ひれをつけて膨れ上がり、“神獣使い”だの“魔獣の王子”だの、妙な渾名まで付けられる始末だ。
「……おい、ノア。酒場の客に囲まれてたぞ。“触れば運気が上がる”とか言って、子どもたちまで群がってくる始末だ」
そう言って苦笑したのは、白銀の毛並みを持つ神話級魔獣――フェンリルだった。
「うう、気軽に外も歩けない……」
「人間とは実に面倒だな。だが、お前が望んだ道でもあるのだろう?」
「……うん。“変えたい”んだ。この世界の“テイマー”の価値を」
ノアは拳を握る。世間では未だにビーストテイマーを“戦力外”と見下す者も多い。だが、魔獣たちは道具ではない。共に生き、共に戦える“仲間”だと、彼は信じていた。
「……なあ、フェンリル。もし次に契約するなら、どんな魔獣がいいと思う?」
「フッ……強さだけを求めるなら、竜種だな。中でも、“氷竜”と呼ばれる種は、神話級にも匹敵する力を持つ」
「氷竜……?」
ノアはピンときた。最近、北方の山岳地帯で“氷の咆哮”が響いたという報せが、冒険者たちの間で囁かれていた。
「……行ってみよう。もしかしたら、そこに“彼女”がいるかもしれない」
「“彼女”……? まさか、竜に恋でもしたのか?」
「ち、違うよっ!」
照れたノアの横で、フェンリルはけらけらと笑った。
◆ ◆ ◆
ノアたちは、王都から北にある氷雪地帯――《グランヘルムの裂谷》へと向かった。そこは一年中雪が解けず、人がほとんど足を踏み入れない未踏の地。
裂谷に足を踏み入れた瞬間、肌を突き刺すような寒気と、圧倒的な魔力の気配がノアたちを包んだ。
「……この感じ、間違いない。近くにいる」
ノアの言葉に、フェンリルも頷く。
「ただの魔獣ではない。“意志”を持つ存在だ」
そして裂谷の最奥で、彼らは“彼女”に出会った。
◆ ◆ ◆
それは、美しさと威圧を兼ね備えた存在だった。
巨大な氷の結晶が天井から吊り下がり、地面からは氷柱が幾重にも生えている。中央に鎮座するのは、白銀の髪と青き瞳を持つ少女。だが、その身体には、竜の角と鱗、そして翼が備わっていた。
「……人間?」
その声は澄み切っていたが、どこか諦めを含んでいた。
「君は……氷竜なの?」
「そう呼ばれたこともあった。“シルフィエ”と名乗った時代も、あったな」
少女は身動きひとつせず、ただノアを見つめていた。
「なぜここに来た? 私を封じたのは人間だ。また、鎖に繋ぎに来たのか?」
「違う。君を救いに来たんだ」
ノアの言葉に、シルフィエの瞳が揺れる。
「救い、だと?」
「僕はビーストテイマー。魔獣を使役する者。でも、僕は“使う”つもりなんてない。君と――対等な契約がしたいんだ」
「……フッ。愚かだな」
シルフィエは自嘲気味に笑う。
「私は千年前、王によって“兵器”として作られた存在だ。感情も心も捨て、ただ凍てつかせるためだけに生きた。だがある日、私は“涙”を知った。敵の兵士の子供が、私にすがって泣いていた――その涙の温かさが、私を変えた。私は戦うことを拒み、封印された。……その程度の存在だ。お前のような子供が背負うには重すぎる」
ノアは一歩踏み出した。
「それでも、僕は君に手を差し伸べたい」
その時――
「そこまでだ、小僧」
氷の壁を突き破って現れたのは、黒い鎧を身にまとった一団。魔獣を捕らえ売買する闇組織、“黒牙商会”の傭兵だった。
「お宝発見だな。竜種なんざ、一匹で王都が買えるぜ」
「……貴様ら、“魔獣”を金としか見ていないのか」
ノアが怒りを露わにした時、フェンリルが前に出る。
「ノア。あの娘を守るのなら――契約しろ。今、この瞬間に」
ノアは頷き、シルフィエに手を差し出した。
「君の名前を、もう一度教えて。魂を重ねるために」
沈黙ののち、少女が呟く。
「……私は、シルフィエ=グラシア。氷竜にして、かつて“氷姫”と呼ばれた者」
「ありがとう、シルフィエ。僕は、ノア=アルディス。君と契約する」
その瞬間、ノアの掌から青白い光が溢れ、シルフィエの胸元に同じ紋章が刻まれる。
「――これが、契約……!」
「この身を預けよう、ノア。貴様の理想が偽りでないことを、証明してみせろ!」
◆ ◆ ◆
氷の結界が砕け、解き放たれたシルフィエの魔力があたりを吹き飛ばす。氷柱が敵兵を貫き、地面から氷の槍が噴き出し、傭兵たちは次々と凍りついた。
「ば、化け物め――!」
「違う。彼女は、僕の“仲間”だ!」
ノアが叫び、フェンリルと共に前へ躍り出る。
戦いは一瞬だった。
二体の神話級魔獣――氷竜と神狼の前に、黒牙商会は壊滅。ノアとシルフィエの契約は、王都どころか、大陸全土に衝撃を与えることとなる。
◆ ◆ ◆
戦いのあと、ノアたちは氷の裂谷を後にした。
「……本当に、あれが契約だったのか」
シルフィエが肩を並べて歩きながら、ぽつりと呟く。
「うん。僕にとっては、最高の仲間が増えた証だよ」
少女はしばらく黙っていたが、ふと小さく笑った。
「――ノア。次はどこへ行く?」
「そうだな……君と一緒に、空を飛びたい」
シルフィエは空を見上げた。
「じゃあ……飛ぼう。今度は私の意思で、空を翔けよう」
そして、白銀の翼が風を裂く。
竜と人が結んだ絆が、新たな空を拓く。
ノアの物語は、まだ始まったばかりだった。
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