「死亡推定時刻に現場に入った人物か……こりゃ呼び出して話を聴かんとなぁ……ただ映像だと全く返り血を浴びた様子がないし、館林さん?の話だと、社屋の中にいたのは僅か三分、証拠写真の時間を基準にしても僅か十一分しか無いのか……」

 三分で釣り道具からナイフを持ち貴史にナイフを突き立て逃走する等、可能なものなのか……。ナイフを事前にしておけば何とかなるのか……。

 これでは容疑者として逮捕令状を取るにはなかなか厳しい。久留島どうするべきか頭を悩ませる。先ずすべきは任意での事情聴取か、

「あの女が犯人に決まっています。会社の名簿を調べれば、住所も電話番号も分かるはずです。早く捕まえて下さい」

 久乃は怒りを箕島に向ける。当然だがその怒りは殺人に対してなのか不倫に対してなのかは分からない。

「死亡推定時刻はどうしてわかったの」

 みむろがおもむろに疑問を口にした。久留島と村田は困った様な顔をしている。一般論と捜査上の秘密が絡むので回答が難しいのだ。

「みむろ、刑事さんが困ってるぞ。ご遺族の前では言いにくいちょっと来い」

 ちょうど刑事達が久乃から第一発見者の調書を作成し始めた。鼎はみむろを呼び寄せて部屋の隅で小声で話す。

「俺のわかる範囲で教えるぞ、死亡推定時刻は色々な要素を考慮して総合的に判断するんだが、有名所は死後硬直だな、人は、と言うか生き物は死ぬと概ね二時間位で死後硬直が始まるわけだ。何故死後硬直が起こるのかはATPの不足とか乳酸の生成とか色々理由があるが、これは大学生なら自分で調べてくれ。それで死後硬直は約十二時間で最大になりそれからは徐々に緩解される。要は硬く無くなる。だから死後硬直の具合によって死亡推定時刻が推定出来るわけだ」

 鼎の解説にみむろは上目遣いでウンウンと頷いている。

「他には解剖して胃の内容物の消化具合を調べたり、角膜つまり目の混濁具合等も推定に利用される。ただ今回は恐らく死後半日も経っていない訳だから、体温だろうな」

「体温?」

 みむろがきょとんとしているが鼎は続ける。

「みむろの平熱は何度だ?」

「三十五度八分くらい」

「低いな。人間は恒温動物だから生きている間は体温はほぼ一定だろ、でも死ぬと身体が冷たくなっていく。正しくは周囲の気温と徐々に同じ温度になっていくわけだ。例えば死者の体温が三十六度でここの室温はクーラー効いているから二十四度とする」

「ここ、二十四度設定で寒い」

 みむろは肩を抱き震える。

「概ね一時間に一度くらい周辺温度に近づくらしいから、死者の体温が二十四度になっていたら十二時間以上たっている訳だ。今回は死亡推定が零時から二時だから間の一時をとって今の時刻は九時だから、その間約八時間、つまり36−8=28だから警察が測定した死者の体温が二十八度位だったんじゃないかな。ちなに体温は尻で測る」

「へぇ~。尻はちょっと、いや」

 鼎のレクチャーにみむろは感心したのだった。

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