どれくらいの時間が経っただろうか。死神の生々しい戯言を躱しつつ雑談を続け、暗くなればそのまま眠りについた。起きると窓から光が差している。左を向くと、キモ山さんの姿がない。

「朝餉を用意するそうだよ」

 右から死神の声がする。首を向けると、俺の腕を抱いた死神がいた。昨日の騒がしい様子とは異なり、落ち着いている。

「少年はキモ山くんが好きだねえ」

「あなたも好きでしょう?」

「うむ、好きだとも。彼はとても優しい」

 死神が俺の体温を頬肉で確かめている。気紛れに少し顔を撫でると、目を細めて嬉しそうにする。よく観察すると、大きく丸い目には山羊の様な横長の瞳孔が見えた。つくづく不思議な生き物だ。

「あなたは懐くのが早過ぎますよ」

「いいじゃないか。あ、嫌だったかね?」

「いえ、嫌ではないです。この先長いんでしょうから、仲良く出来た方がいいですし」

 打算的だね、と死神が笑う。少し眠そうだ。穏やかなのも、単純に眠いからなのだろう。ともすれば、今のうちにいくつか質問でも投げておくべきかも知れない。調子が戻れば、またこちらが振り回されることになる。

「死神さん」

「ああ、君には名前で呼んでほしいね。小生はかえでという名だよ」

 やはり、随分と懐かれている様だ。何がきっかけか。いや、心当たりはある。きっと、あまり彼の所業を拒んでいないからだろう。珍妙で少し迷惑な存在だが、好かれている事実はそんなに悪くない。

「楓さん」

「呼び捨てを所望したいのだが、どうかね?」

「……年上ですよね?」

「少年からすれば、小生は化け物だろう? 化け物との年齢差なんか気にしなくていいのだよ。それに、死神には数百万年生きているものもいるからね。小生など稚児みたいなものだよ」

 死神、楓がゆっくりと話す。実際のところ『化け物』とは思っていないが、ヒトとは明らかに違う造形の楓を、俺の年齢感ままで評価するのは確かにおかしいかも知れない。卑近な例で言えば、犬や猫をヒト年齢に換算して考えることに同義だろう。しかし、稚児を自称する楓の扱いを相応にするのは憚れるので、精々同齢程度の扱いで相対すればいいだろうか。

「じゃあ、楓。……敬語は?」

「小生を目上に扱わないでくれるとありがたい。いや、嬉しいね」

「分かった。楓、死神とは?」

「そのまま、死を扱う神性と考えてくれたまえ。神性はそうだね。いろいろ定義が存在するが、ここでは世界を成立させる原理だと考えるといい」

 楓が一呼吸入れる。昨日の捲し立ては何処いずこへ。しかし、神性。世界の原理。些か、俺が受け入れてきた世界観とは異なった説明だ。俺達人類が思索する諸事の前提を最小に割ったそれぞれが、この神性によって運営されている、程度の理解でいいだろうか。質問攻めにするには時間が惜しい。今は粗い理解を目指そう。

「小生達は、生き物の死を整理しているのだよ。死ぬべきを殺し、魂を切り離し、消すか、継ぐかを決め、実行する。まあ、創造主の遣いっ走りだよ」

「俺が不死になるというのは、死神によって殺されなくなる?」

「それだけではないよ。肉体と魂の劣化を止めるのさ。そちらはもはや死神の労働範疇を越えるからね。他部署も巻き込んだ一大プロジェクト! ということだね」

 世界観を少し理解できた気がする。俺の予想はそう外れていない様だ。しかし、

「何故、その一大プロジェクトが催されることになったんだ?」

「少年が大罪人だからだよ」

「罪……。自死が?」

 楓がチッチッチ、と指を振り舌を鳴らす。心なしか、モノが膝に当たる力が強まっている。目が覚めてきてしまったか。思ったよりも早くに質疑応答が終わってしまいそうだ。

「いや、少年には、少年の自我には問題がない。ある種、イレギュラーさ! 少年が死ぬべきでないのに自死したのが巨悪でね! ルール違反なのだよ。少年は、のだ」

 死ぬ予定ではなかった。確かに、俺から、人類からすれば知ったことではない問題だ。死神が描いた運命に背いたから、悪として俺は処理される。楓の存在は、ある意味で良心的かも知れない。少なくともその処遇を、俺のせいではないと断じた。ともすれば、ルールに厳しい死神がいれば、俺は迫害されるのかも知れない。

「いやあ、目が覚めてきたね! そろそろ朝餉も出来上がる頃かな?」

 楓が足を絡めてくる。本格的に目覚めてしまった様だ。なら、ここでの質問はあと一つにしておこう。

「ところで、俺の名前、教えてほしい」

「ああ、もちろんいいとも。でも、不死化にあたって変えてもいいからね」

「分かった」

 楓が俺の上に跨る。好きだな、この姿勢。相変わらず穿く意味があるのか分からない下着だ。何を目的にこんな格好をしているのだろうか。いや、多分、ただ好きなんだろうな、こう言うのが。

上下峠うえしたとうげ、だよ! 峠くん! なかなか洒落た名前だと思わないかね?」


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