第36話 第1回黒船カップ初戦①(19/6月)
(簡易人物メモ)
高橋(3): 南紀ウメスタSCサポーター
木田(5): 南紀ウメスタSC データ収集班
オレンジ熊野(2): 黒船ch 実況担当
真弓一平(7): 黒船ch 解説者
※選手は割愛
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【06.06 13:45 黒船SP 第一練習場】
梅雨時を彷彿とさせる曇天が重くピッチにのしかかる中、第1回黒船カップが本日開幕する。
公式戦とは違い、メインスタジアムの脇にある第一練習場を利用しての開幕戦は、南紀ウメスタSC対紀北サッカークラブの対戦カードとなった。
第一練習場の周囲に即興で作られた階段式の観客席にぞろぞろと両サポーターが集まってくる。
「…ふっ、人数はうちの勝ちだな」
サポーターグループを取りまとめる高橋が、相手サポーター席の様子を見ながら勝ち誇るも、木田釜早速の突っ込みを入れた。
「うちのホームだし…。あっちは市内だろ。それ考えると結構来てる方な気はするけどなぁ」
「ふむ…さすがは去年関西のチャンピオンズリーグに出てるだけのことはあると言っておこう」
県の2部や3部と違い、県1部リーグは1位になれば即昇格できるというわけではなく、各関西エリアの県リーグ1位と2位のチームによって行われる「関西府県チャンピオンズリーグ」で優勝しなければ昇格は叶わない。
そういった意味で今日対戦する紀北サッカークラブは関西リーグまであと一歩のところまでは辿り着いたクラブであり、ウメスタにとってはプレシーズンマッチ以来の格上の相手であった。
木田はいつも通りイヤホンを耳に添えて実況を聴きながらの観戦だ。
『真弓さん、紀北サッカークラブのキープレイヤーを教えてください』
『えー、そうですね。FWの
「おまえが調べたんだろ。実際どうなんだ?」
「真弓さんの言う通りだよ」
高橋の質問に木田が答えた。木田は先月からウメスタの対戦相手のデータを集めて分析するデータ収集班に任命されている。
「誰かひとりとなったら安藤だと思うけど、中盤にもDFにも良い選手はいるよ。さすが関西リーグ予備軍なだけはある」
今回に関しては試合前から明確にここが相手より優れていると断言しにくい。感覚的には僅差の勝負になる気がしていた。
・・・・・・・・・・
小久保 真田
上田
江崎 西野
相川 大西
岡 下村 大橋
礒部
・・・・・・・・・・
当日のスターティングイレブンが発表された。リーグ戦第2節の後半から採用していた布陣である。その試合の前半で途中交代となった新加入の三瀬はベンチスタートとなった。
「まじか。まだフィットしてないのかな」
「うーん、なんとも言えないね」
「うあー、三瀬を見にきたのに!」
なんの活躍もしてないのに贔屓する高橋に苦笑しながら、木田も心の中では期待していた。新戦力の活躍はわくわくするものである。
実際はどこかで出番はあるだろうとも思う。おそらく1ゴールを争う好ゲームになる。勝つためには持てるカードは全て出す必要があるように感じていた。
『さぁ前半の45分が始まりました! 紀北サッカークラブのボールから試合開始です。9番の安藤選手が中盤の
紀北SCのシステムは4-3-3。3トップの中央に件の安藤を据えて、サイドから攻撃を組み立てる。やはり2部リーグに慣れた目で見てしまうと、パス回しのスピードが速いように感じた。
一方のウメスタはいつも通り最終ラインを下げて全員守備の体制で紀北SCを迎え撃つ。右サイドのボールホルダーが西野と相対している隙に、ボランチの大西がカバーに入ってボールを奪うことに成功した。
「ん…?」
大西から素早いパスが真田に通ると、右サイドで相手DFと1対1の構図となった。
「あの選手、ポジション変えてるな」
「左サイドバック?」
紀北SCの守備陣の中で最も注意すべきなのは
「真田対策か」
「ああ、間違いない」
木田のコメントから辿り着いた高橋の結論に木田も同意する。真田のプレースタイルからサイドに流れることを想定して、左SBをほぼ真田のマンマークにつけるというシフトを敷いているようだ。
とはいえ、目の前の相手を突破できればゴールは一気に近づく。真田がボディフェイント一発で坪倉を抜きにかかった。それに対して反応が僅かに遅れた坪倉であったが、身体を投げ出して足を伸ばすと、つま先に触れたボールがラインを割った。ウメスタボールのスローインとなる。
『13番の…坪倉。彼を突破しないと真田によるチャンスメイクは難しいということですね』
『そうでしょうね。でもいい反応でしたね、坪倉選手。真田くんも苦労するかもしれませんね』
スローインからの競り合いで溢れたボールを紀北SCが拾うと、ボールを持った7番の選手が思いきり逆サイドにロングボールを蹴った。
「おお…!」
ややボールに勢いがついて相手右サイドの選手には届かずウメスタボールのスローインに切り替わる。パスミスとなったものの、7番の選手に対して、相手サポーター中心に拍手が起こった。
「すげえな。ちょっとボールは強かったけど、あんなサイドチェンジ、Jリーグみてえ」
「7番の
「…なんだよ、安藤以外にもすげえ選手いっぱいいるじゃないか!」
「だから他にも良い選手いるって言ってるだろ。良いチームなんだよ実際」
坪倉が1対1でボールを奪い、平が素早い展開力でサイドに振って、ラストパスを安藤が仕留める。これが紀北SCの得意とする攻撃パターンであり、ウメスタほど極端ではないが、彼らもまたカウンター攻撃を得意とするチームであった。
感覚的な話でしかないが、安藤、平、坪倉。この3人は県1部リーグよりも上のカテゴリで活躍できる能力を持っていると思う。おそらく攻撃の完成度で言えば、ウメスタよりも洗練されていると言えるだろう。
「どうする、どうやって攻略する?」
「うるせえ、俺に聞くな。監督じゃねえ」
その後、お互いにDFラインを後ろに張り付けたままのロングボール主体の展開となり、紀北SCの攻撃はサイドまではスムーズに展開できるものの、最後のところで安藤を自由にさせないウメスタDF陣の奮闘により得点は与えず。
一方でウメスタは相手DF坪倉との対戦を避け、左サイドからの攻撃を軸に、ターゲットマンである小久保にボールを集める作戦を取るも、なかなかシュートまで持っていくことができない。
前半は0-0で折り返す形となった。
【06.06 14:50 黒船SP ロッカールーム】
「おもしれえ!」
ハーフタイム。ロッカールームで開口一番、キャプテンの大橋が声を上げた。
相手の攻撃はシンプルだ。最後は安藤に任せてなんとかする。裏返せば、安藤と相対するCB陣の出来がそのまま試合の行方を左右するため、守っている側としてやりがいのある展開であった。そして今のところは防げている。危険なシュートはほとんどなかった。
「さすがキャプテン。後半も頼みます」
「おうよ!」
「点も取らないといけないっすよ」
大橋をヨイショするGK磯部の横で、相手MF平の展開力に振り回され、フラストレーションの溜まっていたボランチの大西が口を開いた。実際ウメスタ側もゴールの匂いを感じさせるようなシュートを打てていない、攻撃はなんらか対策を講じる必要があった。
「ファンタジスタの出番じゃないですか!?」
前半ベンチを温めていたチーム最年少の三瀬が、監督である下村の前に立ち、声を上げた。
「あん?」
「選手交代で変化を加えるべきところと私は思いますね、監督」
「………」
大橋同様に相手ストライカーと競り合っていたことによる疲れを、上下する肩で表しながら、下村は三瀬を一瞥して、ホワイトボードに書かれていたフォーメーションの真ん中に三瀬の名前を書き加えた。
「後半、上田に変えて三瀬でいく」
「よっっっし!」
「…それとみんな聞いてくれ」
バン、とホワイトボードを叩いて下村が皆の注目を集めた。
「こんな調子だから伝わりにくいかもしれないが、三瀬は入団以降、全体練習はもちろん、個人のフィジカルトレを一日たりとも休んでいない。フィジカルは一朝一夕で鍛えられるものじゃないが、それでもその姿勢は評価したい」
下村の言葉に選手それぞれが頷いた。彼らも練習を通じて三瀬が真面目に取り組んでいること自体は理解しているのだ。それでもなんとなく彼のキャラクターのせいで色々言いたくなることはあるが。
「それと三瀬。今回は好きなようにやっていいぞ」
「え、いいんですか?」
「ああ、前回とは状況が違う。お前の言った通り、ファンタジスタの出番だ」
その意外とも言える指示には三瀬本人も驚いた。しかしすぐに口元を吊り上げて勢いよくビブスを脱ぐ。
今日が新加入三瀬学人の本拠地におけるデビュー戦となった。
つづく。
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