第24話 雛鳥の選択
(簡易人物メモ)
西野裕太(2): 元木国高校サッカー部
真田宏太(3): 元木国高校サッカー部
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2019年3月。木国市内に校舎を構える県立木国高等学校は、めでたく卒業式を迎えた。毎年200人前後の生徒が卒業し、社会へと羽ばたいていく。
校長が鳥を喩えに出してそれっぽいことを話していたのでそれに乗っかると、3年A組に在籍する
今年の卒業式は少し静かだったなと、閉式後に背後から聞こえてきた教師の言葉がやけに耳に残っていた。実際、あまりにも現在の木国市の状況は混乱している。
2018年11月、木国市に激震が走った。街を代表する企業であったヤマト製鉄が経営破綻したのである。社会に出たことのないひよっこの裕太にとって、難しい単語のオンパレードだったが、要は会社がつぶれたということだ。
会社更生計画という事業再建が始まり、木国市内の製鉄所は閉鎖され、そこで働いている人間の大半はクビになった。結果としてJPスチール社が従業員の受入を表明してくれたものの、きっと全員ではないのだろう。
なんだそりゃと裕太は呆れた。国民の生活が困らないようにするために、国の力を使って会社を存続させようという話ではないのか。その中で助かる人間と助からない人間がいるのはおかしいではないか。そのせいで、まさに今、卒業式を喜べる人と喜べない人が分かれてしまっているのだ。
実際同級生の中で誰の親がヤマト製鉄に関連した仕事をしているかはもちろん分からない。ただ友人の極端に少ない裕太でさえ、何人か心当たりがあるのだ。すごい数の生徒が将来の見通しが立てられなくなったり、生活の不安に晒されたのではないか。
「西野は関係ないよな」
隣を歩いていたクラスメイトのひとりが不意に話しかけてきた。前置きはなくともヤマト製鉄の話だと理解して、裕太は首を縦に振った。
「だよなー、俺は親父が漁師だからさ、関係ないんだよ」
「うちも農家だから多分同じ」
西野農園は決して順風満帆の会社とは言えないものの、普通の生活をする分には今まで幸いにも困ったことはなかった。4月からは裕太も当事者になるわけだが。
「なーんか、久しぶりに会ったし、みんなと話せる最後の日かもしれないのに、とんでもないことになっちゃったな」
彼の言う通りだ。それがなくても今年は裕太にとって総じて良い年とは言えなかった。
昨年、木国高校は何年かぶりに全国高校サッカー選手権への出場権を勝ち取った。優勝の大本命である関大和歌山高校との決勝戦。蓋を開けてみれば2対0の完勝であった。
裕太はベンチメンバーにも選ばれず、スタンドからの観戦となってしまったが、それでもあの瞬間はすごかった。自分でもどうやって感動を表現すればいいのか分からず、何やら叫びながら横にいた部員と抱き合ったことは覚えている。
その翌年、つまり裕太が最上級生となった今年度、もちろん周囲は和歌山県大会の連覇を期待しており、サッカー部員も一丸となって2年連続の全国大会出場を目指していた。
結果は準決勝で敗退。今年は全国への最大の難関とされた関大和歌山と戦う前に力尽きてしまった。裕太はフォワードとして途中出場したが、勝利に貢献することはできなかった。
いつのまにか隣で話していた同級生の姿はなくなっていて、今日を最後に来ることもなくなる3年A組の教室へいつのまにか戻っていた。
中には感極まったのか泣きながら写真を取り合っている女子も目についたが、裕太はさっさと机の端にかけていた鞄を拾い上げると、足早に教室を出た。
校舎を出て、なんとなくサッカー部の練習場であったグラウンドの脇を通ってから帰ることに決めた。サッカー部の後輩が何人か気づいて挨拶をしてくれたが、意外にも同級生の姿はなかった。
小学生の頃にサッカーを始めた。理由は背が小さかったから。サッカーにおいても身長は重要であるが、当時は背が小さい子はサッカーやるというトレンドがあった気がする。
小学校の体育の授業では、サッカーのルールすらおぼつかない中で、ちょこまかと走り回っていただけだったが、たまたま運よくボールが流れてきて。目を瞑って足を振り抜いたら、ボールがネットを揺らしていたのだ。
特に秀でたことのなかった自分にとって、その成功体験は強烈なもので、そのゴールが嬉しかった。ただそれだけで中学も高校もサッカーを続けていた。
特に目立った活躍はしてこなかったし、3年生になった今年も出場機会は試合の途中ばかりだったが、裕太は楽しくサッカーできたという自負はあった。勝っても負けても、途中からしか出れなくても、やっぱりサッカーはいつも楽しいのだ。
「西野」
不意に話しかけられて裕太が振り向くと、サッカー部のチームメイトである
サッカー部員同士はニックネームやファーストネームで呼び合うことが多い中で、なぜか彼は裕太のことを西野と苗字で呼んでいるため、裕太も真田くんと呼ぶようにしていた。
真田に会って先日の試合のことが鮮明に思い出される。2月の社会人サッカーの練習試合に裕太は飛び入り参加した。真田からパスを受けてゴールを決めるなんて、高校時代は一度もなかった。実力もなかったしポジションが被っていたから、基本的に同じピッチに立つ機会も稀だったのである。
「チーム入るんだろ?」
「あ、うん。真弓さんとかキャプテンに誘われて、仕事しながらになっちゃうけど…」
「社会人サッカーなんだから、全員仕事しながらに決まってるだろ」
それはそうだと西野は笑った。なんとなく真田はプロになると勝手に思っていた西野からすると、彼が働くというイメージが湧かない。
そういえば、どうして真田は大学へ行かなかったのだろうか。以前から抱いていた疑問をぶつけてみた。
真田が推薦を取っていた大阪文化大学は関西大学サッカーリーグ1部に所属している強豪校だ。毎年必ずプロサッカー選手を輩出している名門で、そこのスポーツ推薦を勝ち取れるということは、プロになる才能を認められたに等しい。
今年は全国大会へ出場はできなかったにもかかわらず、見ている人は見ているものだと裕太は感心した。それと同時にチームメイトがプロのサッカー選手になるかもしれないなんて、自分事のように嬉しくもなったものだ。
だから続く彼の言葉は、今置かれている自分たちの状況を如実に表しているとも思った。
「うちの親、ヤマト製鉄で働いてたからさ」
「あ…そ、そうなんだ…」
知らなかった。と同時にそういう可能性に思い当たることもなく気軽に聞いてしまった自分を殴りたくなった。それでも。
「で、でもスポーツ推薦なら、タダで大学行けるってことでしょ?」
「いや、俺のやつは半額しか免除されないんだ。それに、学費かかんなくても大阪で一人暮らしするわけだから、やっぱ金の話にはなるよ。それに俺が早く働いて稼がないといけないだろうし」
そうだ、確か真田の家は4人兄弟で、生活が結構苦しいみたいな話は前に誰かから聞いたことある。
それにしたって、そんなのはない。
「な、なにか方法あるんじゃないかな…。ぎ、銀行とかお金貸してくれたり」
「つぶれた会社の従業員に金貸すやつなんていねーだろ」
「だ、大学は? 私立大学なんてお金いっぱい持ってるんだからさ、きっと。事情を話せばひとりぶんの学費とか家賃とか」
真田くんの顔を見て、裕太は言葉を続けられなかった。その表情が全てを物語っていたからだ。
行きたくないわけがない。プロになりたくなくて、あんなに上手いわけがない。部活での彼の姿しか知らないけれど、きっと彼は自分とは比べ物にならないくらいたくさんの努力をしてきたに違いないのだ。
それでも彼がそう決めたということは、それだけきっとどうにもならないことなのだ。
「4月から田辺組に就職して、ウメスタでサッカーやるよ」
「…そうだよね」
裕太はそれ以上追求しなかった。その代わり、ずっと聞きたかったことを聞くことにした。
「真田くんさ。なんで僕のこと苗字で呼ぶの?」
「ああ…もしかして、気にしてたか?」
「いや、そんなことないけど」
本当は気にしていた。何か嫌われるようなことをしたのではないかと密かにサッカー部の中で噂になったこともあるほどだ。
「…ゆうたって俺の弟と同じ名前なんだよな」
「え?」
「字も一緒。だから呼びづらかった」
悪かったなと謝る真田くんの顔は笑っていて、裕太も心置きなく笑うことにした。
「とりあえずさ、ウメスタをJリーグに上げようぜ。そしたら今のまんまプロになれるしな」
「え、Jリーグ!?」
「そうだよ、そのためにできたクラブなんだよ。まだ県の2部だけど」
裕太はあまりクラブ創設の経緯を知らなかった。試合にポンと出てその後言われるがままにチームに入ることになったから。
「俺の一番下の弟が18になる頃までにJリーグ上げらんねーかな」
「あ、うちの裕介と同い年なんだもんね」
「二人とも同じチームでレギュラーだろ、木国JSC。地元だとアズーリが抜けてるけど、木国もまあまあ大きいチームからな」
「裕介たちが社会に出る時、和歌山にJのクラブがあったら確かにすごいね」
自分たちの頑張りで下の世代のサッカー環境が大きく変わる可能性がある。裕太はその希望に魅力を感じた。誰かの成長を楽しめる感覚。指導者を目指す人もこういう気持ちなのだろうか。
「いや、早すぎるだろ。俺らまだ18だぞ」
「あはは、そうだね」
「とりあえずもうすぐリーグ戦始まるから、やろう。全勝で1部昇格」
真田の意気込みに裕太も頷く。
南紀の空の下で、雛鳥が巣立つ。今年のエースと未来のエースが来季の飛躍を誓った。
つづく。
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