第22話 ご両親にご挨拶(……早?)

 杏樹さんが一緒に住むようになってから、数ヶ月の日々が経とうとしていた。


 児童相談所に虐待の旨を伝え、前薗家から距離を取ってもらったり、学校にもオンライン対応をしてもらったりと、打てる対策を実行した結果、杏樹にとって過ごしやすい環境が整いつつあった。



「こんなに平和でいいのかな? ミヨさんの話では、未だに鳴彦は私のことを探しているみたいだけど」


「金をせびろうとしているんだろう? 自分勝手な事情を押し付けてムシが良すぎるっつーの」



 とはいえ、俺もすっかり杏樹さんに頼り切った生活になっているのだが。名義だけで、実質は杏樹の収入で生活をして、情けないったらありゃしないが仕方ない。



「あの、絋さん。今度行きたいところがあるんですけど、車を出してもらえませんか?」


「別にいいけど、どこに行きたいん?」



 彼女は目を細めて、苦虫を噛んだかのような表情で少し視線を逸らした。


「父と母の、お墓参りに」



 天涯孤独だってことは知っていたくせに、具体的な言葉を耳にして、のしかかるような重さを覚えた。たまに忘れそうになる時があるが、彼女は家族を失って間もないのだ。


「花を買って、お参りしたくて。ごめんなさい、こんなお願いをして」


「いや、むしろ頼ってよ。俺も杏樹さんのご両親に挨拶をしたかったし。本当だったらもっと早く行くべきだったよな」


「いえいえ! だって、そこに両親がいるわけじゃないし。でも…………一緒に行ってくれるって言ってくれて嬉しかったです」


 ちなみに杏樹のご両親が入っているお墓は他県で、偶然にも俺の実家と同じところだった。


「そうなんですか? せっかくなら絋さんのご実家にも顔を見せに行きますか?」


「い、いや……俺はいいよ」


「ダメですよ! 親孝行、しようと思った時には既に遅しってこともありえますからね。それに将来私のご両親になる方々ですから」



 すっかり彼女としていたが付いてきた杏樹は、すっかりその気になっていたが、俺は気が気じゃなかった。


 いや、杏樹を紹介するのはいいのだ。問題は俺だ。無職の上に女子高生のヒモ状態。死にたくなるほど恥ずかしい立場だ。


 特に二つ上の兄貴、かなでには知られたくない。国立大学を卒業後、大手の食品会社に就職。俺とは真逆のエリート人生を歩んでいる兄貴にだけは会いたくない。


「お兄さんと仲が悪いんですか?」


「悪いってわけじゃーないんだけど。一方的に嫌われているだけ? 何もかもが正反対でね。兄貴は頭が良くて身長も高い、器用な人間だったけど、無駄に高圧的な態度の上に顔面偏差値がな……あまりよろしくなかったんだ」


 腫れぼったい目蓋に厚めの唇。いくら高学歴でも彼女がいた記憶は皆無だ。


「絋さんは顔も性格もいいけど、面倒くさがりな高卒の無職ですもんね。確かに正反対」


「おかげで俺も全くモテない男でしたよ」


「いえいえ、私は大好きですよ、絋さんのこと」


 それは杏樹が物好きなだけだ。世間の女性は俺なんかに興味すら持たない。



「絋さんは……デザインの仕事とかはしないんですか? 前に見せてもらった動画、すごく良かったのに」


「あー……。まぁ、この分野は色々と難しいよな」


 色々探してみても社畜時代と変わらない条件のものばかり。上司が変われば多少は働きやすいかもしれないが、ブラックな分類には変わりない。


 彼女が卒業するまでには仕事を決めようと思うが……。


「一先ずお盆の時期に。ホテルも予約しておきますので、一緒に行きましょうね」


 すっかり手綱を握られてしまった俺は、杏樹の言うとおりに頷くことしかできなかった。

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