第7話 朝チュンですね♡

 あれから眠りについた及川さんの抱き枕になったまま、俺は人生初のラブホを生殺しの状態で過ごす羽目になった。


 え、この状況で眠れるのかって?


 寝れるわけがない……!



「いや、及川さんがお風呂から上がってきた時点で、まさかなーって思っていたんだけど……そのまさかだったんだ」


 ※ 一之瀬の心の声です。暗室でスポットライトを当てられている姿をご想像下さい。



「高校卒業してからずーっと女っ気がなかった俺には刺激が強すぎて、もう……! ゆるゆるになったバスローブの中がチラチラと見えて——……いや! 見てねぇよ? 気にはなったし、見たい気持ちも半端なかったけど、流石にそれは人としての一線を越える気がして、耐えたよ。俺は耐えたんだよ……!」



 結局、一睡もできないまま朝を迎えた俺だったが、最大のピンチは彼女が目を覚ました時に訪れた。

 それまで強く握られていた腕が解け、寝ぼけ眼を擦りながら及川さんが身体を起こした。


「んん、ン……っ、一之瀬さん……? おはようございます」


 純粋無垢な無防備な笑顔と、肩からハラリと落ちた着衣。肩乳とヘソがポロリとはだけていた。いや、ポロリなんてもんじゃない。モロだ! 無修正無加工なのに美し過ぎる美の女神ヴィーナスの如き姿が目の前で露わになった。


「〜〜〜〜ッッッ!!!」


「え、ん? どうしたんですか……?」


 彼女が完全に目を覚ます前に、俺は急いで襟元を正した。これでも目が覚めないなんて、朝に弱い低血圧少女か⁉︎

 見た、ヤバい……! 見たらダメだと思っていたのに、しっかり見てしまった。


「あの、一之瀬さん?」

「はい! ゴメンナサイ‼︎」


「……? どうしたんですか? 何かしたんですか?」


 見られたことに気付いていないのか、及川さんはベッドの上で四つん這いになって、俺の様子を伺ってきた。今度はちゃんと意識がハッキリしているらしく、胸元をしっかりと掴んだ状態で言葉を続けた。


「チェックアウトは十一時らしいですけど、どうしますか? まだ六時前ですけど、早目に出ますか?」


 その時、俺はハッと気付いた。

 及川さんの服装、高校の服だ。このままじゃ現行犯逮捕になりかねない。


 自分が羽織っていた黒シャツのアウターを渡した所で、気づく人は気づく服装。何もしていないのに、最大のピンチが訪れようとしていた。


「今の時間ならそんなに人がいないかな?」


「そうだな。勿体無いけどタクシーに乗って、速攻で家に向かおうか」


 こうして俺と及川さんはラブホを出て、しばらくしてからタクシーに乗り込んだ。



(——あっ、ぶねぇぇぇぇぇぇ! え、マジ? マジで俺ん家に行くんだ)


 後部座席で肌が触れ合うくらいの距離で並んで座る。こんな状況を自分が体験するなんて思いもよらなかった。

 その一方で及川さんは、グッと背伸びをして爽やかに息を吐いた。


「こんな気持ちのいい朝は久しぶりでした。一之瀬さんの隣は安心できて、よく眠れました」


 逆に俺は全く眠れなかったが。

 だが、彼女が眠れたのならそれでいいのかもしれない。そもそも守ると決めた以上、及川さんが不安になるような行為は控えなければならない。


 二人で生活していくにあたって、昨日の比ではないエロイベントハプニングが待っているかもしれないのだ。鋼の心構えで臨まなければ。



「そういえば一之瀬さんの家ってどんな感じですか? ワンルームっておっしゃってましたけど」


「ん、あぁ。なーんにもないボロアパートだよ。数ヶ月前まで宿泊勤務が当たり前の会社だったんでね。テレビもない、娯楽もない。あるのはベッドとパソコンくらいかな?」


「そうなんですね。あの……ちなみになんですけど、空き状況とか分かります?」


「あー、そういやあんまり人を見かけないな」


 一応、内装はリフォーム済みなんだが、外観はボロい築六十年は経っていそうなボロアパート。家賃の安さが決めてで入居したが、俺のような物好きが他にもいるかは定かである。


「大家がすぐ近くに住んでいるから、挨拶だけはしておこうか?」


「はい、そうして頂けると助かります」


 ただ、その大家っていうのが少し癖のある奴なんだがな。事情は理解してもらえると思うが、面倒なことになりそうなのは容易に想像できる。


「無職のくせに女子高生を誑かしてって茶化されるだろうな……」


「どうしたんですか? 大家さんの件ですか?」


「あー、そう。俺の住んでいるアパート、俺の中学ん時の同級生が投資目的で購入した物件なんだ。結果的に住民がいないから、失敗に終わったんだけどな」


 俺が交流を続けている数少ない友人、宮本みやもと慎司しんじ。今回、及川さんと匿う決意ができたのも、奴が大家だからというのも一つの理由だ。


 口が悪い、気遣いもできない変な友人ではあるが、信用はできる。少なくても鳴彦の野郎に情報を売るようなことはしないはずだ。



「さて、どうぞ。ここが俺の家です。何もないボロいアパートですが」


「おじゃまします……!」



 こうして俺と及川さんの危険と隣り合わせの、同棲生活が始まったのであった。



 ————……★


 プロローグ、終了。

 次章から甘々な同棲生活が始まります。


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